かつての大鵬さん、北の湖さん、千代の富士さん、貴乃花。「これぞ横綱」という、日本人の誰もがその名を知るような大横綱がいたけれど、今のこの時代、なかなかそんな横綱は出ないように思います。もちろんその時代での大相撲人気に依るところもあるけれど、カリスマ性を持つ「絶対的に強い横綱」が生まれないのは、なぜなのか。
その理由のひとつとして、歴代の大横綱は、自分の相撲の型がはっきりしていたことがあると思います。たとえば千代の富士さんだったら、左前みつを取ったら必ず勝つとか、見る者に対しても個性と力強さをはっきりとアピールできていた。絶対的な型を持っていて、横綱なのにどんな相手にも当たって攻めていたように思います。近年の横綱でいうと、白鵬、日馬富士、鶴竜、稀勢の里、そして今、一人横綱を張っている照ノ富士。僕から見ると、彼らは引いたり叩いたりと無駄な動きが多く、「この型になったら負けない」との圧倒的な力強さが感じられない。横綱としてのアピールポイントがないのです。優勝回数45回を誇る白鵬の場合、もともと右四つの型があったけれど、全盛期を過ぎると型が崩れてきた。なんでもできて器用だというのではなく「勝てばいい」という相撲になってしまっていました。
僕が横綱を張っていた当時は、曙、貴乃花、若乃花(三代目)の四横綱時代でした。それぞれに型を持って、攻める相撲に徹していました。横綱でも毎日が稽古、稽古で自分の型を磨いてスタミナもつけた。そうでないと、とても勝てなかったんです。
よく「心技体」と言いますが、横綱に必要な条件は、まさにそれ。全部が揃わないとなれない、勝てないものです。特に「心」ですね。たとえば元大関の魁皇(現浅香山親方)。彼は5回も優勝しているのに横綱にはなれませんでした。力が強くて圧倒的な左四つの型を持っていても、最後の最後に何かが足りなかった。「横綱になる!」という強い気持ちを保てなかったんだと思えます。
かく言う僕も5年以上大関としてくすぶっていました。当時は酒ばかり飲んでいてね。稽古はガンガンしていて、それまで5回の優勝経験があっても、何かが足りない。「このままでは大関で終わりだ。自分が変わらないと」と心を入れ替え、師匠に「もう今年で酒をやめ、相撲に集中します」と宣言したんです。それで酒が抜けた翌年に(笑)、二場所連続優勝して昇進できました。
横綱昇進に一番近いのは
そうそう、横綱って良くも悪くも“変わり者”が多いんです。逆に、そうじゃないと横綱にはなれない。相撲協会内に元横綱の親睦会「横綱会」があるのですが、会合場所を選ぶにしてもそれぞれ主張して、みんなわがままなんですよ(笑)。相撲でも私生活でも何でも、自分の思いを貫き通すんです。大関は運が良くてなれる場合もありますが、横綱は、さらにひとつ突き抜けていなければ、なれないものなんですね。
今の相撲界のなかで横綱昇進に一番近いと思えるのは、御嶽海でしょうか。2022年のわずか1年間のうちに新大関になって陥落し、意外に思うかもしれませんが、彼は自分の型を持っています。膝をいい角度で曲げての押し相撲で、基本ができている。これはなかなかの武器なのですが、それを生かしきれていない。今後、心を入れ替えて頑張れば可能性はある――と僕は見ています。大関貴景勝は、1年納めの九州場所の際、28年ぶりの優勝決定巴戦で平幕の阿炎に吹っ飛ばされてしまいました。あの相撲っぷりでは、横綱昇進は、まだまだでしょう。
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source : 文藝春秋 2023年2月号