一木けい「全部ゆるせたらいいのに」

文藝春秋BOOK倶楽部

角田 光代 作家
エンタメ 読書

逃げられないから

 アルコール依存症と、ただの酒好きとの違いはなんだろう。アルコール依存症かどうかを判断するスクリーニングテストというものがあって、その質問事項を読めば、違いはなんとなくわかる。でもたとえば、この小説に出てくる宇太郎はどうだろう。高校時代の部活の先輩、千映と結婚し、恵という1歳半の子どもがいる。仕事も職場も好きになれず、のしかかる責任にこらえきれず酒を飲む。酒量が増える。妻の千映は、お酒に依存していると宇太郎をなじるが、それは、アルコール依存症の父を持つ、その恐怖から言っているのか、それとも、宇太郎の飲酒は本当に度を超しているのか。

 小説は、千映の両親が出会い、恋をし、子を身ごもり、結婚し、家族になっていく様子も描く。千映の父親は英語の原書本を読む、理知的でおだやかな、子煩悩の男だった。結婚して子が生まれたので大学院を辞め、アルバイトを掛け持ちして生活費を稼ぎ、やがて大手企業に就職する。仕事に追われ、怒りと苛々にさいなまれて酒を飲むようになる。泥酔するまで飲んで暴力をふるう。どんどん加速する。千映はそんな父を疎みながらも対話しようとする。説得しようとする。父親が病気だとは思っていないからだ。「厳しくて気難しい、酒好きの人」だと信じていたからだ。

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source : 文藝春秋 2020年8月号

genre : エンタメ 読書