地元に戻って近所を歩いていると、小学校の校門の脇に「おめでとう! バレーボール部・全国大会優勝」という横断幕が掲げられていた。人気(ひとけ)のない往来に立ち止まった私は「まさか」と呟いた。私はこのバレー部のOGだ。いや、「OG」だなんて大きな顔ができる立場ではない。万年補欠だったし、チームの寝首を掻くようにして裏切った過去があるのだ。
元はスポーツの実績のない学校だったが、県の誇る「世界一のセッター」こと猫田勝敏さんとも親交があったというバレーボール愛の熱い先生が赴任して、クラブチームを強化した。
球技というのはやってみれば面白くて、初めて触るボールは大きくて重く、なつかぬ動物のように手から逃れるが、コツを教えられてかたちを覚え、痣や突き指を重ねながら練習を重ねると、いつの間にか構えた手に球が吸い付いてくる感覚になる。あるべきかたちで受けた球は当たっても痛くないし、その頃には怪我をしないバネや皮膚が体の方にできている。
しかし誰でもいけるのはここまで。勝ち進む、という目標軸に変わった途端、個々の能力差が定められ、序列ができる。
顧問の先生らは、四年生、五年生の内に基礎を叩き込み、六年生になった子供達の中から選抜して「勝てるチーム」を作った。それまでは下手も上手もゆるやかな横並びで練習していたが、ベンチ外の補欠部隊はひたすら球を拾うだけの日々に変わった。監督のアタックを受けるのはレギュラーに限られ、来た球に吹っ飛ぶような落ちこぼれは、もうコートの中に入れてもらえなかった。
過酷な練習は裏切らない。県内ランクは試合ごとに上がっていき、突然強豪校からパンチパーマの若いコーチが引き抜かれてきて、指導は厳しさを増した。ミスを重ねた選手は、コーチに詰め寄られて至近距離からボールを打ち込まれた。「遊びに来てるのか」「違います」「お前のは遊びだ」「違います」「遊びなら帰れ」「遊びじゃありません」「なら本気出せ」「はい!」……「げー」と私は思った。
ある日の昼休み、同じクラスで心優しいエースアタッカーのMさんに「あの先生、変じゃない?」と尋ねたら、「うーん。でも強くなるにはしょうがないかな」と答えた。選ばれた人達の中には、力や恐怖への疑問符は生まれないようだった。けれどもメンバーの表情は日増しに乏しくなり、常に緊張し、休憩や帰り道にもふざけたりはしゃいだりしなくなった。
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source : 文藝春秋 2023年4月号