『昭和史』と『昭和の精神史』

保阪 正康 昭和史研究家
エンタメ 読書

 私が、昭和という時代の事象をノンフィクションや脚本で著してみようと思い立ったのは、高校生の時であった。一応は進学校の生徒ではあったが、全く勉強もせずに小説や評論を読んだり、映画に興味を持って脚本を書いてみたり、気ままに過ごしていた。漠然と、私の将来には、こういう自己本位の生活に対する仕返しがあるだろうなとは考えていた。

保阪正康氏 ©文藝春秋

 そんな高校時代に手に取った書が、遠山茂樹・今井清一・藤原彰『昭和史』(岩波新書)であった。太平洋戦争の本質を論理的に説いていた。昭和30年が初版だったのではなかったか。私が高校生の目で納得して読んだのは、戦争への道筋が日本軍国主義の侵略性を示すものとして、極めて強い批判がされていて、なるほどと思ったのである。

 のちにわかることだが、全編を貫くのはいわゆる唯物史観の見方であり、ソ連をはじめとする社会主義国を平和勢力、あるいは反ファッショ勢力と見ていて、アメリカなどは帝国主義勢力、あるいは戦争挑発勢力といった分析で貫かれていた。長じるに及んで、その記述の単線的見方に愕然とするのであったが、高校生の目には新鮮で、わかりやすく、戦争の本質はこのとおりと合点がいったのであった。

『昭和史』はベストセラーにもなった。そして昭和34年8月には、やはり岩波新書から、この書の改訂版が出されている。3人の著者による「はしがき」で、改訂版では「初版をほとんど書きあらためた」とある。しかし、「戦争をおしすすめた力とこれに抵抗する力との対抗に視点をすえた」という根本の立場は変わらないとも書いている。

 この改訂版は大学生になったときに読んだのだが、高校生時代とはまた違った目で読んだ。つまり唯物史観に対する関心と内々に起こってきた反発とがない交ぜになって読んだのである。

 私は大学時代に創作劇や脚本を書いて、ときに仲間と上演することもあった。そういう体験を通して、歴史を見つめる目は実証的、かつ人間的な方向に次第に傾斜していき、唯物史観への反発が心中に広がっていった。

 特に、いわゆる「六〇年安保」が終わった後、私は政治セクトの言辞に、反発を強めたのである。

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source : 文藝春秋 2023年5月号

genre : エンタメ 読書