地方からこの国を変える——そんな想いを抱く地方の企業経営者に“経営の秘訣”を聞く新連載「ニッポンの社長」。今回登場するのは、福島県に本社を置くスーパーマーケット・ヨークベニマルの会長、大髙善興さんです。
<この記事のポイント>
●スーパー業界で全国屈指の規模を誇るヨークベニマルの強さの秘密は「福島産の生鮮品」と「こだわりの総菜」にある
●2006年、7&iホールディングス傘下に入り、PB商品「セブンプレミアム」の開発を牽引した
●大髙は「経営学は教えられるけれど、経営は教えられない」と語る
「セブンプレミアム」の生みの親
東京駅から東北新幹線で北上すると、利根川を越えた辺りで、車窓から時折、赤と緑で白い鳩のシルエットをあしらった馴染み深い看板を掲げる店舗が目に入ってくる。本拠地の郡山駅が近づくにつれ、俄然その数が増える。有為転変の激しいスーパーマーケット業界で、70年以上、堅実に地歩を固めてきたヨークベニマル(福島県郡山市)である。
代表取締役会長として、この優良会社の陣頭に立つのが創業家出身の大髙善興である。御年八十。セブン&アイ・ホールディングス(&iHD)の自社開発であるプライベートブランド(PB)商品「セブンプレミアム」の生みの親でもある。
創業以来、福島を中心に宮城、山形、茨城、栃木の東北南部と北関東エリアの5県のみにとどまり、首都圏へは進出せずに、現在233店を手堅く営んで、年商は約4400億円とスーパーマーケット業界で全国屈指。県を代表する企業である。
2006年に、セブン−イレブン・ジャパンやイトーヨーカ堂などを擁する7&iHDの完全子会社になると同時に、東京証券取引所第一部上場は廃止となったため、ヨークベニマル単体では上場企業を対象とする各種ランキングや統計には経営の業績が表れない。大手メディアの目が必ずしも行き届いてはおらず、高収益を生み出す経営手法や企業風土など、知られざるところも少なくない。
8月の末、ヨークベニマルが旗艦店の一つと位置づける郡山市の横塚店を訪ねた。売り場面積1000坪の店のど真ん中で、大髙が待っていた。
大髙善興は、4兄弟の3男で、父、そして2人の兄たちからバトンを譲り受け、2000年に第4代社長に就任した。15年間その職を務め、5年前、大卒入社組で生え抜きの真船幸夫に後事を託した。創業家出身者以外で初めての社長である。大髙は、楽隠居する気など少しもないらしく、相変わらず会社と店の隅々にまで目を光らせる大立者である。
「いまも1週間に3日ほど店を回ります。1日に10店舗くらい見て回る日もありますかな。社長より私のほうがどの店のことも詳しいと思う」
そう笑いつつ、行き交う従業員たちを名前で呼びかけながら「ご苦労さん」、「お疲れさん」とねぎらう。会長のお出ましに驚き、半ば直立不動で身を固くする者もいる。
「私、創業者の父に改めて感謝しているのは、食料品を一生の仕事にしたということです。スーパーマーケットが果たすべき役割という原点に返って、コロナで苦しい、いまだからこそ、味のいい、本当に美味しくて身体にいいものを、お客さんにもっと提供したいと奮起しています」
大髙氏
季節感、ライブ感、感動
会長直々の案内で店内を歩くと、アメリカの大型スーパーマーケットのごとく、まぶしいほど鮮やかな緑一色の福島県産ピーマンが大量に陳列されていた。山なりに積まれた一つひとつの色合い、大きさが均一で、ピーマン特有の青々しくやや苦みある香りが漂う。満足げに微笑んだ。
「入った瞬間に、季節感、ライブ感、感動が生まれる店にしたいんです」
この夏の猛暑によって野菜は不作で、価格が急騰していた。目玉商品でもあるこのピーマンは1個35円のばら売りである。家計を助ける価格と品質、信用がそこにあった。
「安さ一辺倒の競争には限度がある。だから価値創造型のスーパーマーケットをめざしています。味、品質、品ぞろえで、他社さんとの競争に勝っていかなきゃならんのです」
安売り競争を否定しながら、覗き込むように、こう私の顔を窺う。
「どうです? 安いでしょう?」
柔らかな東北訛(なま)りの語り口からは村夫子(そんぷうし)然とした印象を受けるが、商品や店づくりについて話し始めると止まらない。筋金入りのスーパーマーケット経営者なのである。
野菜と同じく、鮮魚、精肉の売り場でも福島産の商品が並んでいる。見るからに鮮度がよく、そして安い。
「とくに力を入れているのは和牛です。福島の畜産農家の人たちが風評被害で困ってるんですよ。さらにコロナの影響で料理屋さんが店を休んでしまっているから、肉が売れない。いいものをとにかく安く売る。いま、和牛を4割引きで提供しています」
風評被害とは、むろん福島第一原子力発電所事故の放射能汚染による影響のことである。農家を助けたいとの思いは、店と客の総意であろう。
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source : 文藝春秋 2020年11月号