「全国展開を捨てた逆張りの経営戦略」野並直文(崎陽軒社長)

ニッポンの社長 第12回

ニュース 企業
めざすは優れたローカルブランド。全国展開を捨てた逆張りの経営戦略

日本でいちばん売れている駅弁

 崎陽軒——。そう記して「きようけん」と読む。北海道や関西、九州ではあまり馴染みのない名称であるかもしれないが、首都圏では圧倒的な認知度を誇り、焼売しゅうまいを名実ともに地元のソウルフードとして根づかせてきた唯一無二の食品メーカーである。宇都宮市と浜松市は餃子ぎょうざの購入額日本一の座を巡ってしばしばニュースになる。ご当地の横浜市では餃子を上回り、焼売の購入額が断トツで日本一なのである。

本店の売店
 
本店

 崎陽軒はその焼売の代名詞同然なのだが、「シウマイ」、「シウマイ弁当」などと表記することでも知られる。横浜駅から歩いて2分ほどの本社の社長室で、3代目の野並直文に、初代の出身地なまりからシウマイと称するようになったという説がありますね、と冗談半分に訊ねると、「いえいえ説ではなくて、本当なんです」と血色のいい顔で笑った。

「栃木出身の祖父はイとエの発音が逆になったり、拗音のュの発音が苦手だったりで、『シュウマイ』といえずに『シウマイ』といっていた。中国語の発音に近いともいうのでそのまま商品名にしたんです。委員会は『宴会』としか聞こえませんでした」

野並直文社長
 
野並社長

 自民党の重鎮であった渡辺美智雄の往時の栃木訛りが思い起こされた。シウマイ弁当は、日本でいちばん売れている駅弁として通る。

 野並直文には、仕事熱心だった祖父・茂吉もきちの記憶がある。

「とにかく、朝起きてから夜寝るまで商売のことばっかり考えていました。たまねぎ1個、大根1本がいくらになったと、とにかく商況に詳しくて、身体は小さかったんですが、よく働いていましたね」

 シウマイおよびシウマイ弁当は、出張族の食事に、また車内でのささやかな晩酌の相伴に、そして関西方面に帰省する人びとの横浜土産に不動の人気を得ている。揺れる列車の中でも食べやすいようにとシウマイは一口大になっており、アクセントのグリーンピースはあんに練り込まれている。1991(平成3)年、42歳のときに父を継いで社長となって以来、72歳の今日まで幾度も経営危機を乗り越えながらシウマイを看板商品として率いてきた野並は、さすがに何でもよく知っている。

「昔、学校給食の業者が子どもたちに、どんな焼売を食べたいかとアンケートをとったら、『ショートケーキのようなもの』という声が多かった。そこで苺の代わりにグリーンピースを乗せたのが始まりなんです」

 なるほど、ショートケーキと結びつけて考えたことはなかった。

「シウマイは練り物ではなくて混ぜ物なんですよ。豚肉にたまねぎなどの具材、調味料を加えて混ぜる。でも、混ぜすぎると蒲鉾のような練り物になってしまう。グリーンピースを入れると、食べたときに適度に素材感の残る混ぜ物、つまりうちのシウマイの餡になるんです」

写真1
 
ファンは食べる順番も決めているという

横浜の名物づくりに挑む

 崎陽軒は、はじめからシウマイを看板商品にしていたのではない。

 1872(明治5)年、新橋との間で開通した日本初の鉄道の横浜駅(現在のJR桜木町駅)構内にルーツがある。第4代駅長だった久保久行が退職後、友人らの勧めで当局と交渉し、妻コトの名義で構内での物販の営業許可を受けた。出身地の長崎を、来航した中国商人が「太陽のあたる岬」との意から漢文調に「崎陽」と呼んだ。久保は、この長崎の別称を屋号に冠した。

 1908(明治41)年に営業を始め、駅構内で牛乳やサイダー、餅などを販売する。横浜駅の移転に伴って崎陽軒も移り、駅弁の製造販売に乗り出した。その支配人に任ぜられたのがコトの婿養子の野並茂吉である。茂吉は、のちに株式会社化された崎陽軒の初代社長に就く。

 ほどなく幕の内弁当などを扱うようになっていったが、東京駅から約30分と近いこともあり、売り上げは振るわず、横浜らしい特色のある商品も生み出せずにいた。茂吉が目をつけたのは、当時は南京町と呼ばれていた現在の横浜中華街である。南京町の店ではどこでも突き出しに供されていた焼売を名物にできないかと思いつく。中国・広東省の出身で、南京町で中華料理店を営む腕のいい点心職人として知られる同い年の呉遇孫ごぐうそんを崎陽軒にスカウトし、駅弁にふさわしい、冷めてもおいしい焼売の開発にあたらせた。試行錯誤の末、水に浸して戻した干帆立貝柱を混ぜ合わせることによる独特の風味とレシピを確立する。そして、1928(昭和3)年、名物「シウマイ」を発売するのである。現在と同じく一口サイズで、1箱12個入りで50銭だったとの記録が残る。

「創業者や呉さんら先人がめざしたのは、まだ横浜には名物と呼べるものがなかったから、それを自分たちの手でまったく新しくつくるということでした。われわれの手で横浜の名物をと、これがうちのチャレンジングな社風にもなっていったと思う。祖父もうまいことに中華街、それから焼売に目をつけましたね」

 豚肉、干帆立貝柱、たまねぎ、でんぷん(片栗粉)、そしてグリーンピース、調味料は塩、砂糖、胡椒のみと至ってシンプルである。合成保存料や着色料は使っていない。小麦粉で作る皮もむろん自社製である。

「発売以来、材料もレシピもまったく変わっていません。変わったのは、手作りから完全機械生産になったことくらいです」

工場見学は大人気
 
工場見学は大人気

2代目が真空パックを開発

 崎陽軒は、駅前に食堂を開き、レストラン事業も手がけるようになる。

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source : 文藝春秋 2021年11月号

genre : ニュース 企業