ツイッターを駆使して新規顧客を獲得。自らファンと繫がる「信頼」の経営とは
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▶岩下食品の社長は自ら短文投稿SNSのツイッターで日本中の岩下の新生姜ファンと交流を深めている
▶和了は、添加物不使用、賞味期限延長、常温保存可能と、商品の改良と利便性の向上にも努めてきた
▶3分の1にまで激減した岩下の新生姜の売り上げは、3分の2ほどまでに盛り返してきた。「若い人を中心に確実に新しいお客さんが増えてきています」
ピンク色のスーツ姿で
しばらく前より、立ち食いそばチェーンの店頭の券売機に「岩下の新生姜天」と記したボタンのあることが気になっていた。試みに食べてみると、しゃきしゃきとした歯ごたえは、そばを啜(すす)る合間のほどよい食感となり、特有の酸味は、甘じょっぱい関東風の汁(つゆ)にアクセントをもたらしている。インターネットのSNSを眺めると、立ち食いそば愛好者の間で根強い支持があるらしいとわかった。ラーメン店や洋食店でも同様に具材となっていた。また、スナック菓子、ふりかけ、さらにはピンク色の漬け汁をモチーフにした万年筆用のインクまで、岩下の新生姜と冠されて売り切れとなる商品が続出している。そして、誰あろう、製造元の岩下食品の社長が自ら短文投稿SNSのツイッターで日本中の岩下の新生姜ファンと交流を深めている。
券売機でみかけた「岩下の新生姜天そば」
「い・わ・し・た・の シン・ショウ・ガッ!」というフレーズのコマーシャルで印象に残るあの商品が妙な展開になっていると知り、とにもかくにも社長の岩下和了を、栃木市にある「岩下の新生姜ミュージアム」に訪ねた。岩下は館長を兼ねている。
もともとは先代社長の岩下邦夫が道楽で蒐集(しゅうしゅう)した書画骨董品を展示する私設美術館として2007年に設立された。晩年に邦夫がその道楽品のほとんどを売り払って世を去った翌年の2015年、息子の岩下和了が自社の関連商品やピンク色のグッズを隅々まで展示するミュージアムとして新たにオープンさせた。岩下の新生姜を具材に用いたカフェなどを併設し、関連商品も販売するが、入館料はとらない。半ば採算を度外視し、岩下食品とその製品の宣伝のためと割り切っている。
岩下の新生姜ミュージアム。展示は年に10回ほど見直す
岩下は、ダーク色のスーツを着ていたものの、シャツもポケットチーフもピンク色である。「マスクもピンク色ですね」と話しかけると、「ピンク色のものを見たら誰にでも岩下の新生姜を思い出してもらいたいんです」と笑った。ピンク色のスーツ姿で取材を受けることもあると知っていたから、「Web版にはカラーで写真が載る予定です」と焚(た)きつけた。岩下は、「じゃあ、着替えてきます」と喜び勇むように席を立った。岩下は、スーツだけでなく、靴も靴紐もピンク色に統一して戻ってきた。
週末は来館者が1日に1000人を超えることもあった。コロナ禍ながら、平日であるこの日も、親子や若者たち、さらに秋葉原辺りに出没していそうなリュックサックを背負ったおじさんが展示品に見入っている。館内を歩くピンク色スーツの人物は否応なく人目を惹(ひ)き、声をかけられる。記念撮影にも気前よく応じ、ポーズをとる。家に帰れば、高校生になったばかりの一人娘がかわいくてならない父親である。この6月に誕生日を迎えると55歳になる。
「岩下食品の社長を辞めるわけにはいきませんが、僕はもうツイッターとミュージアムの館長をやっているだけでめいっぱいという感じです」
笑いながら、次のようにも話した。
「俺たちって『漬物屋』なのか、という自問自答をいつもしています」
「日本でいちばん知られる生姜の単品名ではないか、という自負はある」
「お客さんや恩義ある方には頭を下げるけれど、お金に頭を下げる気はしないんです」
会話の端々から、単に人寄せパンダよろしく岩下の新生姜の宣伝マンに徹する日々を楽しんでいるだけなのではないと感じさせた。
岩下社長
3代続く漬物屋の次男坊
なりたちは、1899(明治32)年に曾祖父の岩下源次郎が栃木で開いた乾物や野菜の小売商「八百源」にさかのぼる。戦時中、地場産の生姜やらっきょうなどを日保ちのする漬物に加工し、事業を広げていく。戦後、その息子の2代目源次郎が株式会社化し、拡大を図っていく。が、結核を患い、若くして床に就かねばならなかった。2代目源次郎の長男が中興の祖となる1933(昭和8)年生まれの岩下邦夫で、1961年に数え29歳で第3代社長に就いている。和了の実父である。
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source : 文藝春秋 2021年6月号