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私が「週刊文春」の駆け出し記者時代、大蔵省は最強官庁としてそびえ立っていました。
中でも、勇名をとどろかせていたのが、齋藤次郎さんです。
細川護熙連立政権時代には事務次官として、最高権力者の小沢一郎氏と“剛腕コンビ”を組んで、国民福祉税を仕掛けたこともありました。
その“大蔵省のドン”が目の前に座っています。
「『安倍晋三回顧録』に反論する」という趣旨でインタビューに応じてくれる財務省OBを探していたのが、そもそものきっかけです。
同書には、たとえばこんなことが書かれています。
〈私は密かに疑っているのですが、森友学園の国有地売却問題は、私の足を掬うための財務省の策略の可能性がゼロではない〉
安倍さんがここまで財務省に不信感を抱いていたことには驚きましたが、さすがに一国の総理大臣の言葉は重い。この発言があたかも事実のように定着することには違和感がありました。財務省を天下の敵役に仕立てても、この国が抱える深刻な財政問題の解決には繋がらないのではないか。
そこで片っ端から付き合いのある財務省OBに声を掛けたのですが、「相手が亡くなっているのでシャドーボクシングになってしまう」「これ以上問題を荒立てるのは得策ではない」と次々に断られました。財務省から大蔵省まで時代をさかのぼり、最後にお引き受けいただいたのが、齋藤さんだったというわけです。
「最初で最後のインタビュー」と微笑みながら語り始めた齋藤さんは、現在87歳ですが、実に歯切れがいい。
「私がどうしても理解できなかったのは、財務省は〈省益のためなら政権を倒すことも辞さない〉と断じた部分です。(中略)財務省の最も重要な仕事は、国家の経済が破綻しないよう、財政規律を維持することです。(中略)財政規律が崩壊すれば、国は本当に崩壊してしまいます」
もちろん齋藤さんの主張に反対の方も大勢いるでしょう。大切なのは意見の異なる相手と堂々と議論することです。齋藤さんも「安倍さんには、自分の考えと一致する少数の経済学者だけではなく」、こんな学者にも耳を傾けて欲しかったと、具体名を挙げています。
齋藤さんは、本誌2021年11月号に「財務次官、モノ申す」という論考を寄せた矢野康治事務次官(当時)のことを、こう評価しました。
「政府のバラマキ政策に警鐘を鳴らす内容でしたが、現役の財務次官という立場であの論文を出すのは非常に勇気ある行動です」
本誌では翌12月号(「『矢野論文』大論争!」)、翌々1月号(「激突!『矢野論文』」)と続けて、「矢野論文」に賛成、反対両陣営の識者を招いて、議論していただきました。
経済は生き物であり、一寸先は何が起きるか予測できません。だからこそ異論に耳をふさぎ、思考停止に陥ることなく、開かれた議論を積み重ねていくことが大切なのです。
齋藤さんは2時間ほど明朗闊達に話した後、タクシーの手配も断り、雨の中、傘をさして歩き去りました。
文藝春秋編集長 新谷学
source : 文藝春秋 電子版オリジナル