財務次官、モノ申す「このままでは国家財政は破綻する」

矢野 康治 財務事務次官
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誰が総理になっても1166兆円の“借金”からは逃げられない。コロナ対策は大事だが人気取りのバラマキが続けばこの国は沈む
矢野康治
 
矢野氏

日本は衝突直前のタイタニック号

 最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない、ここで言うべきことを言わねば卑怯でさえあると思います。

 数十兆円もの大規模な経済対策が謳われ、一方では、財政収支黒字化の凍結が訴えられ、さらには消費税率の引き下げまでが提案されている。まるで国庫には、無尽蔵にお金があるかのような話ばかりが聞こえてきます。

 かつて松下幸之助さんは、「政府はカネのなる木でも持っているかのように、国民が助けてほしいと言えば何でもかなえてやろうという気持ちでいることは、為政者の心構えとして根本的に間違っている」と言われたそうですが、これでは古代ローマ時代のパンとサーカスです。誰がいちばん景気のいいことを言えるか、他の人が思いつかない大盤振る舞いができるかを競っているかのようでもあり、かの強大な帝国もバラマキで滅亡(自滅)したのです。

 私は一介の役人に過ぎません。しかし、財政をあずかり国庫の管理を任された立場にいます。このバラマキ・リスクがどんどん高まっている状況を前にして、「これは本当に危険だ」と憂いを禁じ得ません。すでに国の長期債務は973兆円、地方の債務を併せると1166兆円に上ります。GDPの2.2倍であり、先進国でずば抜けて大きな借金を抱えている。それなのに、さらに財政赤字を膨らませる話ばかりが飛び交っているのです。

 あえて今の日本の状況を喩えれば、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものです。氷山(債務)はすでに巨大なのに、この山をさらに大きくしながら航海を続けているのです。タイタニック号は衝突直前まで氷山の存在に気づきませんでしたが、日本は債務の山の存在にはずいぶん前から気づいています。ただ、霧に包まれているせいで、いつ目の前に現れるかがわからない。そのため衝突を回避しようとする緊張感が緩んでいるのです。

財務省
 
国庫は無尽蔵ではない

「心あるモノ言う犬」としてお話ししたい

 このままでは日本は沈没してしまいます。ここは声だけでも大きく発して世の一部の楽観論をお諫めしなくてはならない、どんなに叱られても、どんなに搾られても、言うべきことを言わねばならないと思います。

 諸々のバラマキ政策がいかに問題をはらんでいるか、そのことをいちばんわかっている立場なのに、財務省の人間がもんもんとするばかりでじっと黙っていてはいけない。私はそれは不作為の罪だと思います。

 かつて“カミソリ後藤田”の異名を取り、名官房長官と称された後藤田正晴さんが、内閣官房の職員に対して発した訓示、いわゆる「後藤田五訓」の中に、「勇気をもって意見具申せよ」というのがあります。

 大臣や国会議員に対して、ただ単に報告や連絡を迅速に上申するだけでなく、それに的確に対処する方途についても、しっかりと臆せず意見を申し述べよと言っているのです。「決定が下ったら従い、命令は実行せよ」ともあります。役人として当然のことです。

 私は、この五訓は吏道(役人道)の基本を見事に示していると思います。私たち国家公務員は、国民の税金から給料をいただいて仕事(公務)をしています。決定権は、国民から選ばれた国民の代表者たる国会議員が持っています。

 決定権のない公務員は、何をすべきかと言えば、公平無私に客観的に事実関係を政治家に説明し、判断を仰ぎ、適正に執行すること。しかし、これはあくまで基本であって、単に事実関係を説明するだけでなく、知識と経験に基づき国家国民のため、社会正義のためにどうすべきか、政治家が最善の判断を下せるよう、自らの意見を述べてサポートしなければなりません。

 ここ四半世紀来、政治主導とか、官邸主導といった言葉が標榜されてきましたが、だからといって単なる“指示待ち”を決め込むとか、下されようとする政治判断に違和感を禁じ得ないような場合でも、黙してただ服従するのは、あたかも中国歴代王朝の宦官であり、無為徒食であり、血税で禄を食む身としては血税ドロボウだと思います。落選するリスクもなく、職を失うリスクにも晒されていない公僕は、余計な畏れを捨て、己を捨てて、日本の将来をも見据え、しっかり意見具申せねばならないと自戒しています。

 私は、国家公務員は「心あるモノ言う犬」であらねばと思っています。昨年、脱炭素技術の研究・開発基金を1兆円から2兆円にせよという菅前首相に対して、私が「2兆円にするにしても、赤字国債によってではなく、地球温暖化対策税を充てるべき」と食い下がろうとしたところ、厳しくお叱りを受け一蹴されたと新聞に書かれたことがありました。あれは実際に起きた事実ですが、どんなに小さなことでも、違うとか、よりよい方途があると思う話は相手が政治家の先生でも、役所の上司であっても、はっきり言うようにしてきました。

「不偏不党」——これは、全ての国家公務員が就職する際に、宣誓書に書かせられる言葉です。財務省も霞が関全体も、そうした有意な忠犬の集まりでなければなりません。

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国民のバラマキ歓迎は本当か

 もちろん、財務省が常に果敢にモノを言ってきたかというと反省すべき点もあります。やはり政治家の前では嫌われたくない、嫌われる訳にはいかないという気持ちがあったのは事実です。政権とは関係を壊せないために言うべきことを言わず、苦杯をなめることがままあったのも事実だと思います。

 財務省は、公文書改ざん問題を起こした役所でもあります。世にも恥ずべき不祥事まで巻き起こして、「どの口が言う」とお叱りを受けるかもしれません。私自身、調査に当たった責任者であり、あの恥辱を忘れたことはありません。猛省の上にも猛省を重ね、常に謙虚に、自己検証しつつ、その上で「勇気をもって意見具申」せねばならない。それを怠り、ためらうのは保身であり、己が傷つくのが嫌だからであり、私心が公を思う心に優ってしまっているからだと思います。私たち公僕は一切の偏りを排して、日本のために真にどうあるべきかを考えて任に当たらねばなりません。

 バラマキ合戦は、これまで往々にして選挙のたびに繰り広げられてきました。でも、国民は本当にバラマキを求めているのでしょうか。日本人は決してそんなに愚かではないと私は思います。本当に困っている方が一部いるのは確かで、その方たちには適切な手当てが必要ですが、日本人みんなが「カネを寄こせ」と言っているかというとそうではない。みんながみんなバラマキに拍手喝采してなどいない、見くびってはいけない、とのご指摘もたくさんいただいています。

 国民は、そんなことよりも、永田町や霞が関に対して、「やるべきこと(真に必要なこと)だけをちゃんとやってくれよ」と思っている方が多いのではないだろうか。だとすると国の将来を心配している国民の期待に、自分たちは的確に応えられていないのではないかと思ってきました。ですから、この原稿では、国民のみなさんにも、事実を正直にお知らせし、率直な意見を申し上げて、注意喚起をさせていただきたいのです。

 わが国の財政赤字(「一般政府債務残高/GDP」)は256.2%と、第2次大戦直後の状態を超えて過去最悪であり、他のどの先進国よりも劣悪な状態になっています(ちなみにドイツは68.9%、英国は103.7%、米国は127.1%)。

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ワニのくちは塞がなければならない

 歳出と歳入(税収)の推移を示した2つの折れ線グラフは、私が平成10年ごろに“ワニのくち”と省内で俗称したのが始まりですが、その後、四半世紀ほど経ってもなお、「開いた口が塞がらない」状態が延々と続いています(下記のグラフ参照)。

 

 “ロスト・デケイズ”とも呼ばれるバブル崩壊後の20年ほどの間は、「財政再建は時期尚早だ。もっと経済がよくなってからだ」という声が強く、財政健全化の議論が先送りされがちでした。今、標榜されている「経済最優先」も、要するに財政再建は後回しということです。急激すぎる財政再建が経済の腰折れを招きかねないという懸念はごもっともですが、日本の財政は(景気がよくても赤字のままという)「構造赤字」であり、いわゆるバブル期(1990年前後)でも、ワニのくちは狭まりはしたものの、歳出と税収が逆転する(黒字になる)ことはありませんでした。また、安倍政権下で有効求人倍率が1.6を超えるほどのいわゆる完全雇用状態の下でも、黒字にはなりませんでした。

 ですから「経済成長だけで財政健全化」できれば、それに越したことはありませんが、それは夢物語であり幻想です。わが国は、向こう半世紀近く続く少子高齢化の山を登りきらねばなりません。さらに、これまでリーマン・ショック、東日本大震災、コロナ禍と十数年に2度も3度も大きな国難に見舞われたのですから、「平時は黒字にして、有事に備える」という良識と危機意識を国民全体が共有する必要があり、歳出・歳入両面の構造的な改革が不可欠です。

 世界の日本以外の先進国は、経済対策として次の一手を打つ際には、財源をどうするかという議論が必ずなされています。

 コロナ対策に当たっても、英国では、法人税率の引上げ(19%→25%)が発表され、米国では、法人税率の引上げや富裕層への課税強化が提案されています。ドイツはもともと財政黒字であり、コロナで発生した赤字(債務)を20年間で償還する計画を発表しました。フランスでは、今後長期にわたり歳出増を歳入増より抑えるとしており、楽観的な成長率を前提とした高い税収増は想定せず、歳出抑制を続けていく意向を示しています。

 また先進国では、特にポスト・コロナ政策については、そもそも財政出動というより、民間資金をいかに活用するかが議論されています。この期に及んで「バラマキ合戦」が展開されているのは、欧米の常識からすると周回遅れどころでなく2周回遅れ。財源のあてもなく公助を膨らませようとしているのは日本だけなのです。

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10万円の定額給付金も死蔵されるだけ

 国内に目を転じれば、これはあくまでもマクロで見た数字ですが、家計も企業もかつてない“金余り”状況にあります。特に企業では、内部留保や自己資本が膨れ上がっており、現預金残高は259兆円(2020年度末)。コロナ禍にあっても、マクロ的には内部留保のうちの現預金が減っていません。

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source : 文藝春秋 2021年11月号

genre : ニュース 政治 経済 オピニオン