月刊「文藝春秋」の名物政治コラム「赤坂太郎」。外交日程が立て込む中、安倍も菅も翁長知事に翻弄され続けていた
「『侵略または侵略の脅威、武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立を侵さない』。(略)バンドンで確認されたこの原則を、日本は、先の大戦の深い反省と共に、いかなる時でも守り抜く国であろう、と誓いました」
4月22日、ジャカルタのコンベンションセンター。アジア・アフリカ会議(バンドン会議)の首脳会議の演説で首相・安倍晋三は少し甲高い声を張り上げた。安倍は、海外で演説する前は私邸や公邸、さらには移動の政府専用機の中で、身ぶり手ぶりを交えて練習する。妻・昭恵が聞き役となり感想を語ることもある。舌足らずだが、堂々としているように見えるのは準備が万端だからなのだろう。
バンドン会議は1955年、米ソ冷戦下で、どちらにも与さない国が「非同盟主義」を掲げてインドネシア・バンドンに集まったのがきっかけで始まった。日本では、2005年に当時首相だった小泉純一郎が出席して演説した時に注目された。小泉は演説で、10年前の8月に首相・村山富市が発表した戦後50年談話(村山談話)のキーワードを多用し、8月の60年談話でもその内容を踏襲した。
こういう経緯があったことで安倍の演説は「8月の70年談話を占う」ものとして注目されていた。村山談話のキーワードを口にするかどうか。安倍の演説の中には「反省」「侵略」というキーワードが入っていた。22日の新聞夕刊は「深い反省」を発言したと1面で報じた社もあった。しかし、演説を熟読すると報道は正確でないことが分かる。「反省」は「かつて日本が誓った」と言っているだけで、安倍が反省しているとまでは言っていない。「侵略」もバンドン10原則と言われる文章を引用しているにすぎない。つまり村山談話を相当程度踏襲しているように見えて、過去の談話に縛られない談話発表にこだわる安倍の執念がうかがえる内容になっていた。
演説の後、安倍は中国国家主席・習近平と会談した。5カ月前に会談した時、習は極めて厳しい表情だったが、今回は握手の時、表情を崩した。習は「中日関係はある程度改善してきた」と言い、安倍も「日中関係は改善しつつある」と応じた。
会談が行われるのは当日午後まで発表されなかった。官房長官・菅義偉のもとには、かなり早い時期に「ジャカルタでは会談に応じる」とのメッセージが中国側から届いていたが「そのことは事前に漏らさないでほしい」とも求められていた。菅は、その約束を守って口外しなかっただけなのだが、そのことが逆に劇的に会談が実現したという印象をつくる効果をもたらした。
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source : 文藝春秋 2015年6月号