リオ五輪と桜花

日本再生 第65回

立花 隆 ジャーナリスト
ニュース 社会 昭和史 スポーツ

 オリンピックが閉幕してすぐNHKが放送した「金メダル 知られざる闘い~内村航平と萩野公介~」はなかなかの番組だった(八月二十三日放送)。日本の四十一個に及ぶメダルラッシュは、内村らの男子体操団体金と萩野の四百メートル個人メドレー金の二つの金ではじまった。どちらも余裕ある金ではなかった。負けても不思議ではないギリギリの勝利だった。

 内村の肉体は疲労の極に達しており、いつ大破綻をきたしても不思議ではない状態にあった。それをデータと表情の積み上げで描いていく部分には大変な説得力があった。我々はみなテレビ中継を通してそのセミ破綻状態の内村をリアルタイムで見ていた。最後の床での着地では微妙によろけていた。

 大破綻寸前を微妙なよろけで踏みとどまり、金メダルまでいったのが、リオの男子体操だったが、最終局面で国家レベルの大破綻まで行ってしまったのが、先の大戦だった、といえるだろうか。

 今年は終戦記念日がリオ・オリンピックと重なってしまったために、NHKではオリンピック中継の合間を利用して、終戦記念日のために用意した番組を幾つか放送した。リオ・オリンピックも目が離せないドラマの連続だったが、終戦記念日向けに用意されていた番組も秀作ぞろいで目が離せなかった。

 その一つが、あの戦争の最末期に生まれたロケット型特攻機「桜花」を考案した元海軍中尉大田正一の戦後の人生を描いた「名前を失くした父~人間爆弾“桜花”発案者の素顔~」(Eテレ八月二十日・再放送)だった。

 桜花は、戦争の最末期、米軍侵攻を目前にして、日本側最終兵器として準備し、あちこちに配備したロケット特攻機である。神雷部隊という運用部隊も作られ、沖縄戦では実戦運用がはじまっていた。桜花は事実上の人間爆弾である。ドイツのVⅠロケットを人間操縦型にしたものともいえる。米軍はバカ爆弾(生還の可能性ゼロ)と呼んでいた。すぐ撃ち落とされて実用にならなかったとの評もあるが、実際にはそのあまりの高速性故に(現物を押収して精密分析した米軍はいかなる航空機よりも高速=時速六百五十キロと判定)、アメリカ側はその対抗手段を持たないと秘かに高く評価していた。

 日本は米軍上陸に備えてあちこちに作った秘密基地に桜花を秘匿したため、現物あるいは、その模造品があちこちに残っている。私が桜花の現物を見たのは、アメリカ・ワシントンのダレス空港に隣接する形で作られたスミソニアン航空宇宙博物館別館だ。本館はワシントン中心部のスミソニアン博物館群の中にあって、ライト兄弟の飛行機からアポロ計画の宇宙船などまでがおさめられた超有名博物館。別館には第二次大戦で使われた各種軍用機から、現代の各種新鋭機までおさめられている。コンコルド、SR71、スペースシャトル・ディスカバリー号もここにある。広大な別館の中心部に他を圧倒する形で置かれているのが、広島に原爆を落としたエノラ・ゲイ号の現物そのものだ。空の要塞と呼ばれた当時の偉容そのままの姿で、博物館中央部にドンと置かれている。エノラ・ゲイの周囲には、当時使われていた各国の軍用機、商用機がずらりとならんでいる。そのワン・オブ・ゼムとして桜花があった。エノラ・ゲイを見上げる感じで、まるで築地市場にゴロゴロ転がっている冷凍マグロのような姿でそこに転がっていた。それを見たとたん、エノラ・ゲイの巨鯨のような姿と存在感のあまりの違いに、私は言葉を失った。日本があの戦争に負けたのも当然と思った。敵がすぐそこまできているというのに、こちらは巨大な砲弾にまたがって空を飛び自爆攻撃することしか考えつかなかったというその発想の貧困。残存現物のチャチさ。視線を上げるとすぐ向こうに原爆を落としたエノラ・ゲイがあり、それが運搬したヒロシマ型原爆は、重量わずか四トンで、三十五万都市の広島を一瞬で壊滅させた。全備重量二トンの桜花は、駆逐艦一隻を轟沈させた実績が一度だけあるものの(他に二隻大破)、その二トンの砲弾型飛翔体を運搬する一式陸攻は、桜花を積むとヨタヨタだった。本当に効果を出すためには六千メートルの高度まで上がらなければならないのに、その高度まで容易に上がれず、途中で敵機に撃墜されること必至という体たらくだった。

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source : 文藝春秋 2016年10月号

genre : ニュース 社会 昭和史 スポーツ