都庁伏魔殿

日本再生 第66回

立花 隆 ジャーナリスト
ニュース 社会 政治 歴史

 築地の豊洲移転問題がすっかり暗礁に乗りあげている。盛り土問題、地下空間問題、地下水問題等々、次から次に問題が噴出するばかりだ。築地に戻って旧市場を改修する案にもう一度戻ったほうがよいのではないかとの声も出ていると聞く。

 だいたいこの移転と市場の初期プラン、誰がどのように決めてこうなったのか、調べれば調べるほど訳がわからなくなっている。連日テレビがああでもないこうでもないの報道を続けているが、異説がありすぎて、結局のところさっぱりわからない。移転と初期プランが決定された時期の都知事は石原慎太郎氏だが、彼はこの問題を部下にまかせっぱなしにしていたため、オレは知らんというばかり。先日は「いまの都政になんかいうことありますか?」と問われて、「都政は伏魔殿なんだよ、伏魔殿」と車の中から短くいい残して去っていった。

 伏魔殿と聞いて、忽然と昔を思いだした。実は私、一九六四年に文藝春秋に入社して週刊文春に配属になり、最初にさせられた仕事の一つが、都庁の大汚職事件、いわゆる一九六五年汚職(都議会議長選挙にからみ都議会議長経験者が連続逮捕)の取材だった。都庁は第一代の安井知事の頃から、汚職の巣窟であり、利権の売買が半ば公然と行われていた。週刊誌の記者の最初の仕事は、都政担当のベテラン記者からレクチャーを受けることだった。そのレクチャーをしてくれた大新聞の大記者が最初に教えてくれたことが都庁は「伏魔殿」という言葉だった(都庁にはいたるところ魔物が住んでおり、下手をすると飛び出してくる、の意)。都は昔から小さな国家なみの財政規模を持っていたから、そこで日常的に生まれてくる利権がすぐに取引の対象になった。汚職は大なり小なりいたるところにあった。近代政治の営みはどこの国でもすべて行政と議会が密接に関連するところから生まれてくる。汚職も基本的に行政と議会が重なる部分で起こる。ある法案を通せるかどうかを左右できるだけのパワーを持つ議会の大実力者が実は大汚職の中心人物という構図が国政にも都政にも当時からあった。だけどそういう人物ほど尻尾を掴ませない。こういう話、証拠なしにはうかつに書けないし(書けば名誉棄損でやられる)、かといって証拠集めも簡単ではない(それは警察検察の役割。証拠集めを自らやったのが『田中角栄研究』)。

 記者の役割は全体の構図をわかりやすく見せることにあると学習させられた。私の記者生活はこういうところから出発したから、後の田中角栄・ロッキード事件に向う流れは出発点からできていたといってもよい。ちなみに私に都政の黒い霧をレクチャーしてくれた大記者は、後に司法担当となり、ロッキード事件でも長く付き合うことになった。

 思えば、あの頃の都庁伏魔殿のすぐ向う側に、国政の伏魔殿が見え隠れしていて、その中心人物として佐藤栄作政権の陰の実力者田中角栄幹事長の名前がしきりに取り沙汰されていた。私も都政の黒い霧から間もなく田中幹事長の黒い霧追及に移行した(これは事件化する寸前のところまでいったがそのあたりまで私は取材の現場にいた。途中から田中角栄幹事長は佐藤首相から事実上の謹慎処分を受け、政治の表舞台からしばらく身を引くことによって、事件化を止めてもらったとされている=記者レベルで語られていた当時の政界ウラ情報。多分ホントだったのではと私は今でも思っている)。つまり、私の個人史の中で、都庁の伏魔殿とのちの田中金脈・ロッキード事件はほとんど一連の流れとして連続している。

 今回の豊洲移転問題の背後でさかんに取り沙汰されている都議会自民党の大ボス内田茂元幹事長なる人物は、顔つきもその悪さ加減もあの頃の田中角栄自民党幹事長にそっくりで、私はまるでタイムマシンに乗って、もう一度あの時代を追体験しているような気がしている。

 豊洲移転問題、この先どうなっていくのか。いま予測することは全くできないが、小池都知事のこれまでの言動から、下手な幕引きは絶対にできないだろう。背景に横たわる問題をあくまで追求して「見える化」していこうということになると、相当のことをしなければなるまいが、それはできるのだろうか。

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source : 文藝春秋 2016年11月号

genre : ニュース 社会 政治 歴史