武満徹没後二十年

日本再生 第67回

立花 隆 ジャーナリスト
ニュース 映画 音楽

 私は、日本を代表する作曲家武満徹とちょうど十歳ちがいである。一九九六年に武満さんが六十五歳で亡くなったとき、私は五十五歳。そのころ私は、武満さんのメーキング・オブを、雑誌「文學界」に、『武満徹 音楽創造への旅』として連載していた。

 あの連載は、スタートの時点で、三十時間徹底インタビューを行った上で始めたものだが、その後も随時、補充インタビューをおこなっていた。そのスケジュール調整を考えはじめた矢先に武満さん死去の報が入った。その死は、あまりにも唐突だった。私はショックを受け、連載をつづけられなくなった。いま出ている『武満徹・音楽創造への旅』(文藝春秋)は、連載プラスあらゆる素材を集めて再編集したものだ。この本を完成させないでは武満さんに申し訳がたたないと死後二十年目の今年頑張って出したものだ。幸い本が売れつづけているので、いまようやく長年の借財(恩義)を返済しつつあるような気がする。その上嬉しいことには、この度、吉田秀和賞という、音楽評論の世界では最高の名誉ある賞をいただくことができた。

 考えてみると、吉田秀和という人は、私が大学生の頃、「芸術新潮」誌上に「現代の演奏」という音楽時評的連載を書いていた。私は彼の文章にすっかり魅せられ、自分も将来いつかこの人のようなもの書きになりたいと思った、いわばあこがれの人であったわけだから、この度の受賞は、大変嬉しい。

 つい先だって、初台の東京オペラシティ・コンサートホール:タケミツメモリアルで、武満徹の没後二十年を記念するオーケストラ・コンサートが開かれた。吉田秀和賞を受けたこともあって、浅香夫人からそのコンサートへの招待状が届いた。久しぶりの音楽会だったが、行ってみると、超満員。プログラムには「テクスチュアズ」、「地平線のドーリア」、「グリーン」、「夢の引用」など武満ファンなら前からよく知っているが、一般には必ずしも知られていない純クラシックの現代音楽作品群がならんでいたので、客の入りはどうかと心配していたが、案ずることは何もなかった。一曲ごとに三階までギッシリ詰まった客の惜しみない拍手がいつまでもつづいた。

 タケミツは、かつて日本より世界でよく知られた孤高の現代音楽作曲家というイメージだった。だが同時に、日本では映画、テレビドラマ、合唱曲などを通じて、実は広く大衆に愛され知られ、歌われてきた作曲家でもあった。コンサートに集まった人々の多彩な(年齢層も、性別も、職業層も)顔ぶれを見ながら、タケミツミュージック愛好家の幅の広さをつくづく感じた。

 コンサートが終って、浅香夫人と会話を交わしながら出口の方に歩いていく途中、小さなテーブルがあって、夫人はそこにのせてあったチラシの山から、一枚抜いて、「今度こういう催しがありますので、またぜひ」と誘ってくれた。それは十二月に渋谷のオーチャードホールで開かれる予定の「没後20年 武満徹の映画音楽」という会のチラシだった。武満の映画音楽は傑作が多く、ビクターから出た「オリジナル・サウンドトラックによる武満徹 映画音楽」のCDにおさめられているものだけでも、四十五曲をかぞえるし、それ以外の独自編集のサウンドトラック盤もある。武満がつけた映画音楽には、「太平洋ひとりぼっち」、「他人の顔」、「砂の女」、「利休」、「どですかでん」、「不良少年」、「はなれ瞽女おりん」、「沈黙」、「怪談」、「狂った果実」、「心中天網島」、「乱」などなど、映画史に傑作として残っているものも多い。タケミツの映画音楽は海外でも有名で、実はこの没後二十年の映画音楽のコンサート(映画十本分)は、二〇〇八年に、アメリカ・ワシントンのケネディ・センターで日本から演奏者を招いて開かれた特別公演を、日本ではじめて再現するものなのだ。おそらく聴衆全員のスタンディング・オベーションとなったワシントン公演を再現するものとなるだろう。

 没後二十年のコンサートで、私が個人的に最も心を動かされたのは、大岡信の詞に武満が曲をつけた一九六二年の作品「環礁―ソプラノとオーケストラのための」だった。これは武満が若いとき師と仰いでいた滝口修造のシュールレアリスム詩作品の影響を受けて、自分たちもシュールな詩を書くようになっていた一群の若い詩人たちの筆頭的存在の大岡信に「ことばをください」と頼んで、もらった詞の上につけた曲だ。

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source : 文藝春秋 2016年12月号

genre : ニュース 映画 音楽