真田丸と千姫

日本再生 第68回

立花 隆 ジャーナリスト
エンタメ テレビ・ラジオ

 NHKの大河ドラマ「真田丸」。はじめはたまに見る程度だったが、最近、大坂冬の陣が開始され、いよいよ大坂城のすぐ南に、出城“真田丸”が築かれ、その攻防戦がはじまった。ドラマの緊迫度も高まり、見逃せない場面の連続となった。

 わたしは小学校高学年の頃、立川文庫を貸本屋から借りてむさぼり読んだ世代である。真田幸村、猿飛佐助、後藤又兵衛などは、心の中の英雄だった。こういうドラマ、半分以上NHKがこしらえた作りものと知りつつも、その背景にリアルな歴史があり、豊臣方十万、徳川方二十万(三十万ともいう)の人々が日本国の覇権をかけて本当に殺しあった史実があるから、ここには歴史ノンフィクションの面白さがある。そういう流れの中で見た、十一月十二日放送のNHK「ブラタモリ “大坂城・真田丸スペシャル〜大坂城はなぜ難攻不落?”」は教えられるところが多かった。いまの大阪城は、あの時代に築かれたものと思っていたら、あの時代の大坂城は地下深く埋もれていることなどはじめて知った。

 当時の戦いが、具体的にどのように行われたのかを、当時の扮装をした役者たちの模擬的な衝突で示したのも面白かった(細い堤防の上で行列を作ってぶつかり合うなど、エ、ウソだろうと思うくらい非現実的だった)。さらに驚いたのは、現実の真田丸がどこにどのように存在していたのかが今でもわからないということだった。私立明星中学・高校のグランドのあたりとわかっているが、それ以上はわからない。というのも、冬の陣が終ってから、真田丸で大敗を喫した徳川方が和睦条件の1つとして、真田丸とその周辺の堀を徹底的に破壊し、それを埋めてしまうという条項を付けたので、真田丸はその痕跡も残らぬようにコナゴナに破壊されたためだ。

 いずれにしろ「真田丸」は近いうち(年内)に終る。主人公の真田信繁は夏の陣がはじまるところまでは生き残るが、その途中で徳川軍に決戦を仕掛け討死にする。その後、大坂城は落城し、淀君も秀頼も死に、徳川の天下となる。

 そのあたり、このドラマがどう描いていくかはまだわからない。わたしが今いちばん関心を持っているのは、千姫のエピソードをどう描くかだ。千姫とは徳川家康の孫娘(秀忠の娘)で、七歳の時に秀頼と政略結婚させられ正室となった女性。江戸時代三大美女の一人だ。

 わたしは、小石川伝通院のすぐ近くに住む者だが、伝通院は、徳川家康の母堂於大の方の墓所である。それとともに、実は千姫の墓所でもある。大坂城が落城炎上する中で、徳川家康は、豊臣秀頼と政略結婚させていた孫娘を助けたい一心で、だれでも千姫を助けよ、助けた者に嫁にとらすと叫ぶ。その言葉を信じて火の中に駆けこんだ若武者がいた。坂崎出羽守(坂崎直盛ともいう)である。関ヶ原の戦いと大坂夏の陣の功により、彼には石見国浜田二万石と石見国津和野の三万石が与えられた。しかし、千姫を嫁として与えるはずが、家康は言を左右にして一向に与えなかった。実は、出羽守は、千姫救出のため戦火の中に飛びこんだ際に火炎にまかれて顔面いっぱいに大火傷を負い、きわめて醜い顔になってしまった。それが千姫にきらわれたといわれる(そのあたりの真相は、徳川家の恥=約束破りを隠すための異説がいろいろあり、結局よくわからない)。通説に従うと、あろうことか、この事件の直後に知り合った美男で名高い本多忠刻(後の姫路城主の子)と相思相愛の仲になり、そちらに心が移ってしまったからという。出羽守は家康に約束の千姫をと求める一方、千姫の側では本多との婚姻の話をどんどん進めていく。その日取りまで決ったところで、坂崎出羽守のほうにその情報がもれてしまう。怒った坂崎出羽守は、その婚姻の行列に乱入して、千姫を奪う計画を立てる。しかし、その計画も実行寸前にバレてしまい、徳川家(秀忠)の側は一万人の武士を動員して、婚姻の行列を守ろうとして、坂崎出羽守の邸をとり囲んだので、江戸中大騒ぎになった。千姫奪取計画をとりやめないなら切腹をと命じ、従わねば坂崎家のお家を断絶すると告げた。事ここにいたって、坂崎家の長老たちが出羽守を引きとめにかかり、切腹することを強要したとも、臣下の者が将軍家の了解の下に、主人の寝首をかいたとも伝えられるが、いずれにしても出羽守はここで死去した。彼は臣下たちの信望が厚く、この事件が明るみに出た初期段階では、徳川家の信義破り、横紙破りを怒って、坂崎家の臣下一千人、婦女五十人が邸に立てこもって死ぬまで抵抗することを誓うところまでいったともいう。津和野は町中に掘割がはりめぐらされており、そこに美麗な鯉がたくさん泳いでいることで有名だが、これは坂崎出羽守のプランによるものだとされており、いまでも津和野における坂崎の評判はいい。

 大正10年に、山本有三がこの事件を題材に『坂崎出羽守』という戯曲を書き、それを六世菊五郎が演じて、大評判となった。

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source : 文藝春秋 2017年01月号

genre : エンタメ テレビ・ラジオ