カナダの東にぽっかりと浮かぶプリンス・エドワード島。豊饒な海に囲まれた三日月形の島は先住民から“波間に浮かぶゆりかご”と呼ばれ、ゆっくりとした時が流れる。この地で不朽の名作『赤毛のアン』が誕生した。脳科学者・茂木健一郎さんをホストに、カナダにゆかりのあるゲストをむかえる対談企画の第二弾。今回のゲストは、『赤毛のアン』シリーズの翻訳者、村岡花子さんの孫で、作家として活躍されている村岡恵理さんです。
“幸福なる中庸”を実感しました 村岡恵理
茂木 カナダの魅力を紹介する「人生が変わるカナダ」。今回はプリンス・エドワード島を取り上げます。ゲストは『赤毛のアン』シリーズの翻訳者、村岡花子さんのお孫さんで、作家として活躍される村岡恵理さんです。
村岡 よろしくお願いします。
茂木 プリンス・エドワード島といえば『赤毛のアン』ですよね。僕は小学校五年のときに初めて読んで、主人公アン・シャーリーの大ファンになったんです。
村岡 そうだったんですか。
茂木 この作品を通して、カナダという国を知った人も多いはずです。そういう意味では、村岡花子さんのお仕事というのは、大きな意味がありますね。
村岡 祖母は、カナダ人宣教師の先生たちが創設した女学校で英語を学び、翻訳を手掛けるようになったんです。戦争の足音が近づいてきた頃、出版社で一緒だったカナダ人宣教師の友人が帰国することになり、お別れにと大切にしていた一冊の本を手渡されます。それがモンゴメリの『アン・オブ・グリン・ゲイブルスAnne of Green Gables』でした。祖母は第二次世界大戦中にその翻訳に取り組みます。生活の彩りがなくなっていくなか、モンゴメリが創作したアンの世界に触れることで、祖母自身も救われていたんでしょう。
茂木 それを知ったうえで、この『赤毛のアン』の訳文を読みかえすと、花子さんの魂の力を感じますね。作品の舞台となったプリンス・エドワード島には、実際に行かれたんですか?
村岡 実はわたし、ずっと行きそびれていたんです。実際に行って、感動できなかったらどうしようとか、色々と悩んで……。
茂木 花子さんご自身も、プリンス・エドワード島には生涯一度も行かれなかったとか。
村岡 そうなんです。で、祖母の評伝を書こうと思い立って、これは行かざるを得ないと。
茂木 どうでした、実際に行ってみて……。
村岡 本を読んで想像していたのは端正な箱庭みたいなイメージだったんですが、訪れると、穏やかなだけではない荒々しい海岸線とか、視野におさまりきれないほどの水平線とか、とにかくスケールが大きくて感動しました。アンの世界を取り巻く宇宙がものすごく大きくて、行こうか迷っていた自分は、本当に小さかったなぁと(笑)。
茂木 客観視すると意外なことが見えてきますよね。
村岡 祖母は、あるエッセイでカナダを「幸福なる中庸」と表しています。品性や自由を求めすぎるのでなく、誰にとっても生きやすい、程よい価値観を良しとする。つまりハッピー・ミディアムという考え。まさにアンにも通じるエッセンスです。
茂木 だから多くの人が作品にも島にも魅かれるのでしょう。
このムール貝は生涯で一番の味 茂木健一郎
村岡 マジックアワーという時間があるんですよ。夕暮れ時に、薄暮の空と赤土の道が神々しく輝き、交じり合うように溶け込んでいく(記事冒頭の写真)。これがモンゴメリの伝えたかったプリンス・エドワード島の魔法の時間かと気づかされました。
茂木 確かに、島には何かが啓示されるような瞬間が、ありますよね。僕のいちばんのお薦めは、レンタサイクルで海岸線を走ることです。キャヴェンディッシュというアンの住んだ村のモデルとなった地から、ノース・ラスティコへと進むのがなんとも気持ちいい。で、ノース・ラスティコでシーフードを食べる。なかでもムール貝、これが最高!
村岡 バケツみたいなのに入って出てくるんですよね。
茂木 僕はお代わりしましたよ(笑)。自然も食べ物も素晴らしいけど、そこで暮らす人たちも魅力的ですよね。
村岡 ほんとに温かくて、フレンドリー。それはプリンス・エドワード島に限らず、カナダという国がそうなのかもしれませんが、違う言葉、違う文化を理解しようとするオープンマインドなんです。だから、わたしたちも意識せずに、自然に日本人のままでいられる。
茂木 『赤毛のアン』がきっかけで島を訪れると、カナダという国そのものに魅かれるようになる。今度は花子さんが翻訳した本を持って、旅したいですね。
協力=カナダ観光局
写真=Tourism PEI / Sander Meurs,Paul Baglole, John Sylvester,Tiffany Baric, Heather Ogg, 志水 隆
source : 文藝春秋 2024年3月号