第六十四代横綱曙太郎(以下曙)が亡くなった。54歳の若さだった。身長203センチ、体重230キロ余という体格と、長い腕の突き押し相撲は、「憎らしい」ほどのヒールだった。
だが、曙には横綱としての品格があった。ハワイ生まれの米国人だが、帰化した日本人として、日本の伝統文化に身を置く者として、その最高位にある横綱として、どうあるべきか。その思いで自分を律し、学び、品格を醸していた。
死去に際し、「いつも曙の悪口を言っていたのに」と私がかつてコメントしていたとスポーツ紙に出ていて苦笑した。私は確かに、朝青龍にも白鵬にも厳しい横綱審議委員だった。だが、曙の佇い、横綱としての姿勢は常に評価していた。コメントでは私の肩書きも違っており、誰かとカン違いしたのだろう。
曙の精神と美しい所作を鍛え上げたのは、立行司の第28代木村庄之助(以下28代)であることは有名だ。「木村庄之助」という名は行司の最高位で、力士で言えば東の正横綱。初代は寛永年間(江戸時代前期1624年〜1644年)ではないかと推測されている。
私は東北大学で「土俵という聖域」なる修士論文を準備している時、どうしても28代に教えを乞いたかった。すでに70代半ばで相撲協会をも退いておられたし、私は一面識もない。だが、相撲史や所作、故実等では右に出る者がいない研究者だと聞いていた。逡巡した末に、ご自宅に電話をかけてお願いすると、快諾して下さったのである。
こうして、私は一人で2時間以上、28代から教わった。その時、曙の話も出た。どんなに厳しいことを言っても、背筋を伸ばして聴き、自分を鍛え抜いていたという。
やがて、28代は私の前で急に立ち上がり、横綱土俵入りを披露した。曙には掌の形から足の位置まで、正しい所作を徹底的に伝えたそうだ。28代は小柄な人なのに、目の前で見た土俵入りの大きさ、美しさには言葉を失った。
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