鹿島建設の中興の祖といわれる鹿島守之助(1896〜1975)は外交官、政治家など多彩な顔をもっていた。長女の渥美伊都子氏が、父の思い出を語る。
私が生まれたのは、父が外交官としてローマに駐在していた頃で、伊都子という名は、「伊太利亜の首都」という意味で命名されました。
父は昭和5(1930)年に外務省を辞め、家族を連れて帰国。衆院選に立候補するためです。
政治家を志したのは、ドイツ赴任中にオーストリアのクーデンホーフ=カレルギー伯爵と知り合ったからです。伯爵は、欧州全体をひとつにまとめる汎ヨーロッパ(パン・ヨーロッパ)主義を唱え、現在も「欧州連合の父」とされる政治活動家でした。伯爵から「私はパン・ヨーロッパをするから、君はパン・アジアを組織してくれ」と言われていた父は、帰国してすぐ故郷の兵庫県から立候補しました。しかし政治家としての地盤などないので落選します。
私たちは東京の調布にある母方の祖父の別荘に住みました。母の卯女(うめ)は鹿島組(現・鹿島建設)の初代社長だった鹿島精一の長女で、父は婿養子でした。父はドイツへ赴任する船で祖父と出会い、父を気に入った祖父から熱心に口説かれて母と結婚したのです。
鹿島組の取締役になったのは、昭和11年のことです。業績不振だった会社の合理化を進め、2年後に社長に就任しました。ただ、あまり出社はせず、自宅にいることが多かったですね。その代わり会社の方々が自宅に来られました。毎日午前中に書斎で秘書や書生さんに細かな指示を出していました。当時は賑やかな家で、妹ふたりと弟がいて、お手伝いさん、子守り、コックさんもいました。
でも父はいつも書斎にこもり、私たちも近寄りませんでした。だから父に𠮟られた記憶はありません。食事のときも父は会社のことを話し、母がいつも聞き役でした。
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source : 文藝春秋 2024年8月号