志操を貫く

第31回

清武 英利 ノンフィクション作家
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「山一證券のしんがり」と「読売新聞の権力者」

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 山一證券清算業務センター長だった菊野晋次(しんじ)の訃報を知った日、私の妻は声を上げて泣いた。菊野は85歳だったが、年の離れたわれら夫婦の心友である。

「わしはキクノじゃよ。何でも聞くのじゃ」

 それが彼の定番のジョークで、笑顔を絶やさない聞き上手であった。小太りで首は短く、160センチの小さな体に福耳を付けた真ん丸の顔を乗せていた。

 彼は旧公団住宅に住んで、ガツガツせずに生きた。

 山一證券が経営破綻して27年になる。彼らは突然失職した自分たち元山一社員のことを、悔しさを込めて「モトヤマ」と呼ぶのだが、菊野は十数人のモトヤマの再就職を斡旋し、晩年も彼らを旅行や居酒屋、カラオケ店に誘って世話を焼いた。おまけに、取材で知り合った苦しい時代の私たち夫婦まで薩摩弁で励ましてくれた。

 次の詩は、『老子』第四十四章を、詩人の加島祥造(かじましょうぞう)が現代語に訳したものだが、菊野はよく私たちにこんな趣旨のことを語りかけたものだ。

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source : 文藝春秋 2024年8月号

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