北海道を震撼させた最凶熊の正体
次から次へと乳牛肉牛を襲いその名をとどろかせた羆OSO18が人知れず射殺されていた事件は記憶に新しい。駆除した個体をDNA鑑定してみたら、じつはOSOだったというあっけない結末。衝撃だった。
私自身、極地の旅で白熊を獲ることが多いので、OSOのニュースは注目していた。人間にとって熊は特別な生き物だ。白熊は極北の王者であり、偉大なる自然の象徴であるからこそエスキモーにとっては命を懸けるに値する獲物になる。生と死が等価値、等量のものとして循環するのが野生の世界である。犬橇で白熊を追いかけるときの異様な気持ちの高ぶりは、自分の命が熊=大地に脅かされていることの裏返しだ。自然のなかで生きるとは、本来そういうことである。
世界中どこでも熊は大地の力そのものだし、太古からそうだった。令和の日本でもそれは変わらない。人間性の根源には熊を懼れる心が存在するのである。その大地の力が人々の生活を危険にさらしている。それは現代の日本社会が大地とうまく関係できていないことの証しである。OSOがあれほど注目されたのは、その猟奇性もさることながら、文明システムが自然から報復を受けていることを深層意識でわかっているからではないだろうか。
私のような外部の傍観者は、どこかでOSOを特別な個体だとみなしていた。巨大で圧倒的な力と頭脳をもつ大地の力そのもの。そういう羆である。殺されたときの衝撃はそれを物語る。被害にあわれた方には申し訳ないが、報道の熱狂の裏には屈折した英雄視があったと思う。でも本書を読むと全然そうではなかったらしい。身体こそやや大き目だが、性格はビビりで、人間の痕跡をわずかでも嗅ぎとると巧妙に逃げ回る。あっけない最期も、他の巨大グマたちに居場所を追われたのが間接的な原因だったようだ。著者の藤本靖氏はOSOは怪物ではなく普通の熊だと何度も強調するが、それは、こういう熊は条件と環境次第でいつでも現れうるということなのだろう。
とはいえ、ビビりでズルいだけに、OSOの捕獲は困難をきわめた。国内最強と目される羆ハンター集団が地形を読み、痕跡を追い、テクノロジーを用い、知恵のかぎりを尽くしても、その裏をかく。まさに知恵比べ、化かしあいである。羆は知恵があるとは聞くが、これほどまでに人の行動を学習し、先を読み、慎重に行動に移せるのかと驚きの連続だった。やはり並々ならぬ羆であったのはまちがいない。
結局、藤本氏のチームはOSOを獲れなかった。メンバーはその結果を淡々と受け入れるが、本音は獲りたかったと思う。獲物を獲ることは動物を殺すことだ。殺生にネガティブな面がともなうのは否めない。でも本書を読めば狩猟が単なる殺生ではないとわかると思う。
本書にはOSOへの敬意がそこはかとなく漂っている。もちろん地元を恐怖に陥れた問題個体だ。言葉で敬意が語られることはない。でも彼らは24時間OSOのことを考え、休日を返上し、それこそ命の危険を顧みずOSOを追った。自らの全存在をかけて追ったのである。その行動自体がOSOへの敬意、ひいては大地への敬意になっている。
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