IOC(国際オリンピック委員会)のトップの座に12年にわたって君臨してきたトーマス・バッハ会長が、2025年6月に任期満了を迎える。
新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、’21年東京大会を強行しようとするバッハを“ぼったくり男爵”と皮肉たっぷりに批判したのは、ワシントン・ポスト紙のコラムニストだった。また米国の政治学者ジュールズ・ボイコフは近年の五輪を「祝賀資本主義」と呼び、〈民間企業に利益をもたらす一方で納税者にリスクを負わせる、偏った公民運動に特徴づけられる政治経済的措置のことである〉(『オリンピック秘史』早川書房)と喝破。その“元締め”こそがバッハだと断じた。

そもそも五輪の商業化は1984年のロサンゼルス夏季大会から始まった。五輪憲章から初めてアマチュア条項を削除して開催された’76年モントリオール夏季大会で、モントリオール市は巨額の赤字を計上。失敗から学べとばかりに、ロス大会組織委員会会長のピーター・ユベロスは、五輪に民間的な経営手法を持ち込んだ。主な財源として、(1)テレビ放映権料 (2)スポンサー協賛金 (3)入場料収入 (4)グッズ収入 (5)聖火リレー収入を柱とし、公的資金を一切使うことなく大会を成功に導いたのである。終わってみれば2億ドル(当時の為替レートで約475億450万円)の黒字が残った。ユベロスが目指した改革は、五輪のサスティナビリティという観点からも実りあるものだった。その意味では「健全な商業主義」と呼んでいいのかもしれない。
これに味をしめたのが、モスクワ五輪後の’80年にIOC第7代会長に就任していたファン・アントニオ・サマランチだ。サマランチはテレビ放映権料をさらに拡大させるため、同一年に開催されていた夏季大会と冬季大会を2年おきにするなど辣腕を振るった。それにより、五輪を“金の成る木”に変えた。だが、この「行き過ぎた商業主義」は、招致活動を巡って数々の汚職や不正を生み、その結果、五輪のイメージは地に堕ちた。
またサマランチは’95年ブダペストで行なわれたIOC総会で、会長職の任期延長のための多数派工作を展開。自らの4選への道を開いた。それを支持したのがIOC委員でもあったFIFA(国際サッカー連盟)会長のジョアン・アベランジェ、IAAF(国際陸上競技連盟)会長のプリモ・ネビオロ、PASO(パンアメリカンスポーツ機構)会長のマリオ・バスケス・ラーニャら、いわゆるラテン・コネクション(サマランチ=スペイン、アベランジェ=ブラジル、ネビオロ=イタリア、ラーニャ=メキシコ)の面々。彼らの政治力なくしてサマランチが“オリンピック教皇”に上り詰めることはできなかっただろう。
バッハが直面した“岐路に立つ五輪”
サマランチ体制下の’91年にIOC委員となったバッハは、弁護士としての高い交渉能力と押しの強さを武器に頭角を現し、2度の副会長職を経て’13年に第9代会長に選出された。爵位を有しない人物の会長就任は、米国人のエイベリー・ブランデージ以来、41年ぶりのことだった。
そのバッハを「政治家よりも政治家らしい」と評したのが、東京大会の組織委員会会長を務めた森喜朗元首相である。
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