師弟の「エロティシズム」が作り上げてきた伝統
私は久しく「師弟のまじわり」に魅せられてきた。私自身、師との出会いがなければ今の私はないと確信しているし、自分が教壇に立ってきた20年近い経験から言っても、そこで目にした学生たちの成長と変化は、人間に対する私の驚きと信頼の基礎をかたち作っている。
もちろん、教育の物語は美談だけではない。そこには師による弟子の破壊や、弟子による師への裏切りの物語もある。
その点、ソクラテスとプラトン、キリストと十二使徒、ブラーエとケプラー、フッサールとハイデガー、そしてハイデガーとアーレントなど、彼らの愛憎に満ちた物語を描くのにジョージ・スタイナー以上の適役はいないだろう。西欧文化の全人的教養を持つスタイナーにおいて、「ヨーロッパ」の忠誠と伝承の物語は、過不足なくその全貌を捉えられるのだ。
が、その中心を成すのは決して大仰な物語ではない。そこにあるのは誰もが知っている、あの「エロス」の体験である。
たとえば『メノン』のなかでソクラテスは、〈人は知っているものを学べない──既に知っているのだから。しかし、知らないものも学べない──その対象を知らないのだから〉という「学び」の逆説を示しながら、だからこそ師の仕事は、実は、弟子が潜在的に知っていることを呼び起こすことなのだと言う。
これを現代風に言い直せば、すでに弟子が直観しながら、まだ上手く言葉にできない事柄を言葉として明示することのできる人間、それが師だということになる。そして、そこに師が弟子の内面に侵入し、その直観に触れ、啓示をもって調和へと導くまでの物語──エロティックな「まじわり」の体験が現れるのだ。
だから、それは単なる知識の伝達ではあり得ない(テキストを遺さなかった孔子、ソクラテス、イエスを見よ!)。その「まじわり」には、必然的に内面的な憧れと動揺、そして愛と憎しみが孕まれるのであり、そのドラマこそが、西欧文化の「伝統」(tradition=受け継がれること)を実質あるものにしてきたのだった。
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