昭和36(1961)年のデビュー作『幼児狩り』で注目を集めた河野多惠子(1926〜2015)は、38年に『蟹』で芥川賞を受賞。62年には女性初の芥川賞選考委員に就任し、後進の女性作家に大きな影響を与えてきた。
平成15(2003)年から19年まで河野と共に芥川賞選考委員を務め、対談集『文学問答』(文藝春秋刊)を上梓した山田詠美氏が、その素顔を綴る。
初めてお会いしたのは、昭和60年、文藝賞の授賞式でした。河野多惠子さんは、その時の選考委員のおひとりだったのです。『ベッドタイムアイズ』という初めて書き上げた小説で受賞した私は、喜びと緊張で震えるほどでしたが、一方、発表されたばかりのそのデビュー作が、スキャンダラスに扱われ、連日のように攻撃して来る心ない記事に、ひどく傷付けられていました。
その程度で作家面するんじゃねえ! などと罵倒するあちこちからの手紙や電話に悩まされて泣きたい気分でしたが、負けん気の強い私は、あえて、どうってことないという態度を取っていました。ようやく自分の道を歩き始めたんだ、負けるもんか! と肩肘を張っていたのです。授賞式が終わり、パーティが始まる頃、河野さんは、側に来て御自分の手をこちらの背中に当て、前に押しました。そして、おっしゃったのです。
「あなた、今、自分に何が起こっているのか、まだ解っていないのね」
こちらに、と促された場所には、他の選考委員の方々がおそろいで、口々に賛辞を送ってくださるのです。身に余るとは、このことか、と光栄のあまりに私は言葉が出て来ない状態になってしまいました。
「この子、まだよく解ってないみたい」
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source : 文藝春秋 2025年1月号