稀代の脚本家・橋本忍(1918〜2018)。本人への取材を重ねた評伝『鬼の筆』の著者・春日太一氏がその本質を振り返る。
脚本家・橋本忍は戦時中に伊丹万作に師事した後、習作として書いたシナリオが黒澤明監督に見出され、その映画化である『羅生門』(1950年)でデビューしている。その後、黒澤とは『生きる』『七人の侍』といった映画史上に残る作品を書き、さらに自身でも『真昼の暗黒』『私は貝になりたい』『切腹』『白い巨塔』『日本のいちばん長い日』『日本沈没』『砂の器』『八甲田山』『八つ墓村』といった、名作やヒット作を次々と作り上げていった。
その作風は一貫している。それは、理不尽な目に遭って苦しむ人々を追う悲劇だ。幸福な状況にある人間を決して描こうとはせず、また彼らの理不尽との闘いがハッピーエンドに終わることも少ない。
なぜ橋本はそのような物語ばかりを扱ってきたのか。その謎を知るべく、晩年の当人に創作の秘話を取材した。そこで知り得たのは、作風からは全く思いも寄らない裏側の数々だった。
たとえば、『真昼の暗黒』。これは、実際に起きた強盗殺人事件を扱った映画で、容疑者として逮捕された5人のうち4人はいずれも無罪を主張、制作段階では裁判は係争中であった。が、映画はこれを「冤罪」と断定し、警察や検察の強引な捜査により陥れられていく若者たちとその家族の苦境を描いている。
これだけ過激な社会派作品を描いたのだから、ドラマに込めた橋本の想いもまた官憲や裁判制度への怒りに溢れたものに違いないと思っていた。が、その口から発せられたのは、意外にも「そんな難しいことを考えたことはない」――。
そして橋本は狙いを「4倍泣けます《母もの》映画」だったと語る。4人の容疑者には、それぞれに母親がおり、世間の冷たい目に抗いながら息子のため必死に戦う。その情愛の物語で観客を泣かせることこそ、橋本の主眼だったというのだ。
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