シナリオ作家の橋本忍(はしもとしのぶ)は、人間の葛藤を描いた重厚な脚本を書き、多くが興行的にも大成功をおさめた。
1974(昭和49)年の『砂の器』は初の「橋本プロダクション」作品だったが、上映館は連日満員になった。毎日映画コンクール大賞、監督賞、脚本賞、音楽賞の他にも、キネマ旬報脚本賞、ゴールデン・アロー賞など多くの賞を獲得。松本清張が「私の小説を原作とした映画で最も素晴らしい」と称賛した。
18(大正7)年、兵庫県の鶴居村(現・市川町)に生まれる。父親は小料理屋を経営していたが芝居好きで、自ら興行主になり村に旅回りの一座を呼んだ。橋本も少年のころから、父親に従って興行の手伝いをやらされる。
しかし家計は苦しく、15歳のとき大鉄教習所に入り、卒業後、国鉄の姫路駅に勤務した。20歳で応召したが、陸軍病院で結核と診断されて療養生活を強いられる。
悶々とする日々が続いた。気晴らしに映画雑誌を借りてシナリオを読むと、「この程度なら自分でも書ける気がした」。周囲は呆れたが、療養所を主題に『山の兵隊』を書いて名監督で知られた伊丹万作に送った。意外にも伊丹は助言を書いた返信をくれた。
伊丹の死後は、その助監督だった佐伯清に師事した。芥川龍之介の『藪の中』を基に脚本『雌雄』を仕上げて佐伯に託したところ、黒澤明が監督を引き受けたという連絡が入る。黒澤が「あのシナリオは短い」というので、芥川の『羅生門』を加えて書き直すと、黒澤は自ら手直しした原稿を返送してきた。
映画『羅生門』はヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞、黒澤のみならず橋本も世界的に知られるようになる。さらに『生きる』『七人の侍』でも脚本家の一人として黒澤組に参加。『七人の侍』では「二度とこれ以上の仕事はできないと思った」という。
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source : 文藝春秋 2018年09月号