稀代の辛口コラムニストでありながら、出版社「工作社」を設立し、インテリア雑誌「室内」の発行人を務めた山本夏彦(1915〜2002)。朝日新聞編集委員の曽我豪氏は、山本の口述原稿をとった日のことを鮮明に覚えているという。
世紀末の空騒ぎに沸く2000(平成12)年はじめのことである。
今はなき朝日新聞の月刊誌「論座」編集部に僕はいて、時の宰相は小渕恵三氏。相手が誰でも屈託なくブッチフォンをかけ、臆面もなく野党案も丸呑みする。真空総理と言われれば、それも自虐ギャグにする。
暖簾や豆腐みたいな御仁をへこませる識者は誰だ。山本夏彦、と名があがり諸手をあげた。理由は二つ。
「茶の間の正義」(昭和42年)「何用あって月世界へ」(平成4年)などコラム集のタイトルが示すが如く、悠揚迫らぬ筆で最後に寸鉄人を刺す達人芸。「『豆朝日新聞』始末」(平成4年)をはじめ朝日叩きを貫く一言居士ぶり。一ファン、一社員としてぜひ我が朝日で玉稿を読みたい。
だが、ふと気づくと、全員が僕を見ていた。愚かだった。原稿をとるのは政治担当の僕の仕事であった。
東京・虎ノ門の工作社を訪ねたのは晩冬の夕刻だったろう。肌寒き西陽を背に現れた渋めのセーター姿の夏彦翁は、翁と記するしかないほど好々爺然としていた。目が笑っていないのも噂通りだ。気押された。
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