白血病で亡くなる直前まで朝日新聞の「天声人語」を書き続け、縦横無尽の知識と優れた洞察で人気を博した深代惇郎(1929〜1975)。自身も朝日新聞夕刊コラム「素粒子」を執筆した河谷史夫氏が、“深代天人”の魅力を語る。
空前にしておそらく絶後の「天声人語」でした。深代惇郎さんになったのは、私が宇都宮支局にいた昭和48(1973)年ですが、今とは違い、当時は書き手が交代しても紙面に公表しません。しかし代わったことは、若僧にもすぐ分かりました。朝、支局員同士はまず「今朝の天人」を話題にして、それから持ち場へ散ったものです。
前任者の天人は楷書体のようなきちっとした出来でした。それに比べて、深代さんは奔放でした。たとえば、マルクスの記者会見に出かけたり、マルクスと孔子に対談させたり、「二条河原落書」になぞらえて世相批評をしたりと、自由自在、縦横無尽の趣がありました。
一代の名記者だった門田勲さんが深代天人を評して「そりゃあ、香りが違う」と言いましたが、凡百の新聞コラムのなかで傑出していたと思います。それを支えたのは、生来の感覚の鋭敏さ、若いころからの豊富な読書、強烈な問題意識、それに記者としての鍛錬だったでしょう。
ことに印象深かったのは、昭和48年10月31日の「盗聴テープ」でしょうね。
〈大きな声ではいえないが、ふとしたことで盗聴テープが筆者の手に入った。驚いたことに、先日の閣議の様子がそっくり録音されているではないか〉という書き出しで、田中内閣の支持率低迷や神戸市長選敗北を皮肉ります。そして起死回生の策として、〈「ゴルフ庁はどうか」という声があった〉などと書いた。
ははア、時々出て来る架空話だなと、普通の読者なら察する。ところがなんと、官房長官が抗議文を送ってきたのです。深代さんは、泰然として「相手にせず」という態度を持していたのに、社の上層部はオタオタしたそうです。
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