「歴史探偵」として、昭和史を追い続けたジャーナリスト・半藤一利(1930〜2021)。東京大学国文学科の同級生で、生涯の親友だった中西進氏がその思い出を振り返る。
あれはどなただったか。
文藝春秋の人たちは、わたしには、すぐ半藤一利をもち出すものだから、誰であったか忘れてしまったが、ある時話が半藤一利の大量の仕事に及ぶと、「そうですよ、太い鉛筆でね。ゴトゴトと隣りで音を立てながら、すぐ書き上げてしまう」と言ったことがある。半藤の速筆ぶりに、2人で感銘しきりであった。
そしてこれは、単に彼の字の書き方だけではなく、全体の生き方そのものだと思う。
たとえば、彼は卒業論文を『万葉集』で書きたかったのに、友人から「中西と重なるから止めよ」といわれ、古典の中で、一番短い『堤中納言物語』にしたと、何度も書いているが、これは機転の利く頭のよさと、いつもユーモアという、話し相手へのサービスを忘れない優しさだと、わたしは思っている。
たしかに『堤中納言物語』は短いが、「短い」と「簡単」とはけして同じではない。『源氏物語』のような「物(魂)」によりそった作品と、『堤中納言物語』は「物語」という構え方こそ共通するが、『堤』の内容はおよそ「物語」らしくない。もっと小味の利いた、洗練された鋭さもある。「虫めづる姫君」の章のようなグロテスクな仕様もある。
それも、頭の回転のいい彼好みだと、わたしは思った。そして、彼の仕上げた卒業論文の題は「堤中納言物語の短篇小説性」ではないか。短篇小説とは何か――。これは虚構性のきわめて少ない、日本の「小説」の根幹にかかわる問題点なのである。
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source : 文藝春秋 2025年1月号