厳しい姿勢で相撲に取り組む姿から、「土俵の鬼」と称された初代若乃花幹士(1928〜2010)。弟子で、現在は創業123年目を迎えたマグチグループの会長を務める前田克巳氏が、師匠との交流を語る。
私は初代若乃花の、引退後1年目の弟子にあたります。昭和38(1963)年、二子山部屋の師匠となっていた若乃花さんにスカウトされました。大阪の工業高校生時代の私は柔道部で体格がよく、若乃花の大ファンだった顧問の先生が、「こんな生徒がいる。興味ありませんか」と手紙を送っていたのです。すぐに師匠がいらして、我が家の近所は黒山の人だかり。私にシャツを脱がせて、「いい体してるなぁ」と。両親を説得する際には、「3年間だけ預かって、モノにならなかったらその後の就職まで責任を持ちます」。このセリフは自身の師匠だった花籠親方(元大ノ海・当時は二所ノ関部屋付き)に言われた言葉と、全く同じだそうです。
私が「大二子(おおふたご)」の四股名で初土俵を踏んだ当時は五、六〇人の相撲取りが部屋にひしめいていました。2年後輩が師匠の実弟の大関貴ノ花、その後入門した横綱隆の里、二代目横綱若乃花も弟弟子。稽古は言うまでもなく厳しく、現代では文字にするのが憚られるほどです。
師匠は戦後すぐに二所ノ関部屋に入門し、兄弟子には力道山がいた。「海を渡って来た力道山の根性はすごかった」と、それに打ち勝つために猛稽古を積んだと聞きます。稽古中に力道山の脚に噛みついたこともあるそうで、「プロレスに転向してからは、その傷跡を隠すために長いタイツを履いていたんだ」と、ホンマかどうかわかりませんが、そんな昔話も聞かされたものです。
新弟子は朝4時頃から稽古が始まり、8時頃に師匠が2階の自宅から降りてくる。師匠は必ず洗面時に「ウェエー!」とえずくので、この声が聞こえると兄弟子たちが我先にと稽古場にやって来ます。稽古場で私語なんてとんでもない。空気が張りつめる緊張感のなか、師匠の発する一言に縮みあがるほど。貴ノ花には特に厳しかった。よく箒でバチーンと叩かれていたものです。
当時、二宮晃さんという同輩力士がいて、彼は若乃花の大ファンで関西大学英文学科(当時)卒ながら入門した異色の力士でした。東京五輪柔道で金メダルを獲ったアントン・ヘーシンクが、稽古見学に来た時のこと。師匠は稽古廻しを締め、「二宮、お前は柔道四段だな。ヘーシンクに英語で説明せい!」と。当時幕下だった彼をガンガン投げ飛ばし、相撲のすごさを見せつけたのです。師匠は引退してまだ1年目。得意の“呼び戻し”で叩きつけられた二宮さんは、とんだ災難でした。
私の現役生活は6年に満たず、昭和44(1969)年7月場所でケガで引退するのですが、師匠の付け人頭だった経験を見込んでか、前述の二宮さんが現在の会社「マグチグループ」に誘ってくださった。もともと大阪の港湾物流会社から始まり、近年では配送業や福祉サービスなど多岐に亘り事業展開する企業です。挫折感もあり、しばらく角界には寄り付かなかったのですが、あるパーティで師匠と再会し、ご縁が復活することになりました。
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