2月にモスクワで地下鉄に乗った。地下深く、美術館か宮殿のような装飾で、1駅ずつ違う。一目で歴史がわかるコンコースやホームを歩くと、生まれ育った街・大阪の地下鉄御堂筋線の駅を思った。豪華な装飾は違うが、広々としたドーム天井の圧倒される大空間はよく似ている。
モスクワの地下鉄開業より2年早い1933年、公営としては日本初の大阪市営地下鉄が走った。工業や商業で急激に発展した当時の大阪は、關一(せきはじめ)市長を中心に、梅田と難波をつなぐ御堂筋を大きく拡幅し、地下鉄を敷設した。
地下鉄工事のエピソードはNHK朝の連続テレビ小説『ごちそうさん』でも大きく取り上げられた。開業時は1両のみだったのに、将来を見越して10両編成でも使用可能に作ったので、今でもそのホームのまま10両編成の御堂筋線は運行できている。大阪大空襲の際は、駅に避難した乗客たちを助けるため、深夜に地下鉄を動かした。
高いドーム天井、柱のない長いプラットホーム、そして蛍光灯シャンデリア。淀屋橋、心斎橋、天王寺の各駅には開業当時の姿が現在でも残り、多くの人が愛着を持ってきた。直線の蛍光灯を並べたシャンデリアは戦後のものだが、大阪らしい工夫にあふれ、各駅違うデザインで懐かしさと未来っぽさが同居している。心斎橋駅を見渡せるエスカレーターから真上にある大丸心斎橋店へ上がるのは、まさに都市の華やかさ、豊かさの体験だった。
昨年12月、市営から大阪メトロになった地下鉄駅の改修案が発表されたのだが、そこに含まれる心斎橋駅や天王寺駅などの駅のデザインが、今のシンプルで堂々とした空間とあまりにかけ離れていることに驚いた。近年、大阪を象徴するような建物がいくつかなくなった経緯もあり、保存を求める声が多く聞かれた。今は離れているが大阪育ちのわたしと、別の街から大阪へ移ってきた社会学者の岸政彦さんとでインターネットでの署名活動を立ち上げた。安全性を考えての改修は必要だし、最近改修されたトイレの「ようおこし」の意匠は好きだったりするのだが、今回の案については、違う方法があるのではと思わずにいられなかった。悩みながらもなにかできないかと始めた署名には、3日間で20,000筆近くが集まった。動物園前駅の動物を描いたタイルも、残してほしいとの声が多かった。
先日、主要な5つの駅に関して新案が発表された。当初のものに比べれば落ち着きのある案で、蛍光灯シャンデリアを受け継いだ照明が設置され、動物タイルと堺筋本町駅の小タイルも継承されることになった。ただ、心斎橋駅のドーム天井は保存ではないし、新案を伝える報道では、新案と当初案の比較になりがちで、現在の駅の歴史や意義にあまり触れられなかったのは残念だった。
大阪は、戦前や昭和前半の建築が多く残っている。住んでいるときは見慣れた風景だったが、離れてからいっそう、その貴重さと、市民が築いてきた豊かさに思い至った。
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source : 文藝春秋 2019年11月号