体調を整え、病気を治癒させる力さえある。しかも心地いい。遡ること1000年以上、温泉の効果効能が分析される前から日本では効験あらたかな湯があると信じられてきた。

和歌山・熊野古道そばにある湯の峰温泉 Ⓒ熊野本宮観光協会
神授かりの温泉
文=石川理夫
よく知られる温泉地には、泉源(湯元)を守護する歴史的建造物が見られるところがある。例えば、有馬温泉では神戸市営温泉施設「金の湯」(古来の泉源地)の山手に湯泉神社と温泉寺が建つ。草津温泉には自然湧出泉源「湯畑」広場の高台に薬師堂を持つ光泉寺がある。薬師如来は衆生を病から救う医薬の仏とされ、温泉の守護仏としても崇められた。
平安時代中期に朝廷がまとめた『延喜式』の「神名帳(じんみょうちょう)」には、名称に多少の違いがあるものの、温泉の神を祀る社である温泉神社が全国10社ほど記されている。古来、日本人は万物に神が宿るとし自然を崇拝してきた。そのひとつに「いで湯」が挙げられる。湧き出る温泉・湧泉を超常現象とみなして畏怖・畏敬の念を抱いた。それが利用するうち経験的に知った安らぎや温泉効果を天与の恵み、神の授かりものとして温泉信仰を育む。仏教が伝わると、温泉信仰も神仏混合となった。
温泉信仰は日本にかぎらない。ヨーロッパの先住民ケルト人も温泉・湧泉の泉源を女神が住まう聖所と崇めた。泉源からは、治癒力を求め、そして効果に感謝して捧げた帝政ローマ時代に至るまでの奉納物が多数出土している。とはいえ、日本は世界でも温泉地や源泉(泉源)が最多の温泉大国だ。温泉信仰は今も息づく。別府温泉郷や由布院温泉を擁する大分県では、共同浴場に薬師仏を祀っている。土地の人はまず手を合わせてから入浴し、入浴代代わりにお賽銭を供えることもある。ただ、天与の恵みだった温泉も明治以降掘削で人工的に得られるようになると、ないがしろにされ、観光娯楽面だけが注目されがちとなった。本企画では変わらぬ温泉信仰を持つ地を紹介する。あらためて古より人が温泉に抱いた敬虔な思いを想起し、肌を優しく包み込む温泉の大切さを感じとってもらえればと願う。
いしかわ・みちお 温泉評論家。日本温泉地域学会会長。『温泉の日本史』(中公新書)ほか著書多数
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