日産・西川前社長の重大疑惑はまだある

井上 久男 経済ジャーナリスト
ニュース 社会 政治 経済 企業
ゴーン氏の失脚後の10カ月間、頂点を極めた日産・西川廣人前社長。だが、文藝春秋に掲載されたケリー元取締役が疑惑を告発したことが発端となり、9月9日、遂にその座を追われる。だが、これで幕引きではない。西川氏に関する疑惑はまだあるんのだ。日産はいつになったら不正の連鎖を断ち切れるのか。

未練たらたらだった西川氏

 ブルータスが辞任した――。

 9月9日に日産自動車の西川(さいかわ)廣人社長兼CEOが辞任を表明すると、仏紙「フィガロ」はこう報じた。

 ブルータスは古代ローマ時代に、独裁官カエサルの暗殺に加わった腹心の1人。シェイクスピアの作品に登場する名台詞「ブルータス、お前もか」は、信頼する側近に裏切られた権力者の悲哀を象徴する。

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 西川氏は、20年近く「独裁者」として君臨したカルロス・ゴーン前会長に腹心として仕えてきたが、昨年来、東京地検特捜部の捜査に積極的に協力し、ゴーン氏を逮捕に追い込んだ。ゴーン氏は重用してきた「ブルータス」に裏切られる形で刑事被告人に転落したのだ。

 だが、ゴーン氏なき後、頂点を極めた「ブルータス」もわずか10カ月でその座を追われることとなった。

 9日に開かれた取締役会では、同じ購買部門出身で腹心の部下だった山内康裕最高執行責任者(COO)も西川氏を擁護することなく、一部の社外取締役を除くほぼ全員が西川氏の辞任を求め、事実上の「解任」が決まった。正式な後任が指名委員会で決定される10月末まで、山内氏が暫定CEOを務めることも決定された。

 辞任会見当日は月曜日。西川氏は、その前週末の6日まで辞任するつもりはなかった。8日夜に日経新聞が「西川社長、退任の意向」「退任する意向を一部の幹部に伝えたことがわかった」などと報じたことで、「外堀を埋められた」(日産関係者)という。

 退任後、西川氏は社内向けの挨拶文の中で不満を漏らしている。
「あってはならない情報漏洩があった」
「情報漏洩」という言葉には、日経に情報を流した日産幹部に対する恨みが籠っているようだ。

「西川氏は未練たらたらだった」

 挨拶文を見た元取締役がこう評するように、最後の最後まで西川氏は自ら身を引くつもりなどさらさらなかった。

「区切りが付いた」

 西川氏が「解任」されたきっかけは、本誌7月号に掲載された、元代表取締役グレッグ・ケリー氏の「西川廣人さんに日産社長の資格はない」と題した告発インタビューである。

 ケリー氏は、この記事の中で西川氏がストック・アプリシエーション権(SAR)を不正に行使したと指摘した。

 SARとは株価連動型役員報酬の1種で、あらかじめ決められた日産株式の基準価格と、権利行使日の市場価格との差額を報酬として日産から受け取ることができる。ストックオプションなどのように「株そのもの」が支給されるわけではなく、役職や人材としての将来性などを勘案して、「⃝株分の権利」だけが付与される「バーチャル」な株価連動報酬制度だ。

 ケリー氏によると、西川氏は、2013年5月にSARを行使して約1億5,000万円の利益を得ていたという。

 ケリー氏が問題だと指摘したのは、そのプロセスである。本来、5月14日に行使することを決めていた西川氏だったが、その後、株価が上昇したことを見て、行使日を約1週間後ろにずらした。この「後出しジャンケン」のような不正手続きによって、約4,700万円がかさ上げされ、濡れ手で粟の報酬を得たのだ。こうした不正の事実は9日の取締役会で報告された社内調査でも認定された。

 西川氏は辞任会見で、

「私が本来もらう分でなかった分について返還することを申し入れさせていただいたところですので、ある意味、区切りが付いたかなとは思っております」

「職位が上がって忙しくなると、手続きの正確性のために、仕組みを熟知している事務局にお願いしていた」

 と述べ、事務局に不正の責任を押し付けた。

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日産・西川前社長

 だが先のインタビューによれば、そもそも事の発端は、西川氏が新居の購入資金を求め、ケリー氏に対して「なるべく早く報酬を引き上げてほしい」と言い出したことから始まっている。西川氏はその時、日産に住宅ローンを肩代わりしてもらうことが可能かとも聞いてきたが、SARで不正にかさ上げされた利益を得ると、依頼を取り下げたという。

 日産の元首脳が明かす。

「西川氏が新しい家を欲しがったのは、夫人の要望もあったと言われています。西川夫人もゴーン氏のキャロル夫人と似て、社交好きとして知られる。社内では、西川氏が夫人から『パーティができる家が欲しい』と泣きつかれ、不正に手を染めたと囁かれています」

 現在、西川氏が住むのは東京・代々木上原の超高級マンション。このマンションでは、これまで各界の著名人を招いてホームパーティが開かれてきた。関係者によれば、西川夫人の交友関係は幅広いという。

 登記簿を確認すると、西川氏がこの200平米のマンションを購入したのは、SARの行使からわずか2カ月後の2013年7月だ。

 西川氏は、ゴーン氏がレバノンやブラジルに社費で豪華な邸宅を購入したことを追及したが、高級住宅のために「不正」に手を染めた点において、西川氏もゴーン氏と「同じ穴の狢(むじな)」といえるかもしれない。

 西川氏の会見を見た日産の元役員はこう切り捨てた。

「ウチでは夫婦そろって、思わず『ウソつくな』と口にしてしまいました」

 この元役員も現役時代にSARを付与されたことがあり、権利を行使する時期については、家族で相談して慎重に決めたという。

「西川氏は経営者ではありますが、役員といえども元はサラリーマンです。家族にとっても、SARによってどれだけの報酬が入ってくるかはきわめて重要。1億円以上の金額を事務局に任せきりにするなんて、とても信じられません」(同前)

行使には直筆サインが必要

 この元役員が「ウソつくな」と思わず言ったのには別の理由もある。SARの権利は、役員本人でなければ行使できない仕組みになっているのだ。

 今回、筆者は日産の役員らに配られる「SAR行使マニュアル」の一部を独自に入手した。このマニュアルによれば、SARの手続きはSMBC日興証券のオンライン画面で行われ、まず4桁の事業会社コードとID、個人が設定したパスワードを入力する。ログインすると、「権利行使履歴」や「権利行使承認状況問合せ」などのアイコンが表示され、付与されたSARの数や報酬額などもわかるようになっている。

 その元役員が指摘する。

「これは銀行口座に匹敵する、完全な個人情報です。その管理を事務局に一任するとは考えにくい。西川氏は毎年のようにSARを付与されているので、それぞれの年ごとに基準価格などが異なる。どのSARを何株ぶん行使するかは、西川氏本人でなければ判断が難しいはずです」

 付与されたSARは1,000株単位で行使できるが、申請日前日の株価が基準価格よりも低い場合は、「注意メッセージ」が表示され、行使することができない。またインサイダー取引防止のために、カレンダー上には行使できない日も明示されている。

 重要なポイントとなるのが、実際に行使する際の手続きだ。

 画面上にある「権利行使」のアイコンをクリックすると、行使するSARの数や日付が書かれた申請用紙の印刷画面が表示される。それをプリントアウトして日産本社の事務局に送るのだが、その際には、自ら署名しなくてはならないのだ。

 西川氏は、直筆でサインする行為まで事務局に任せていたというのだろうか。前出の元役員が西川氏に対し、「ウソつくな」と口にしたのもうなずける話だ。

「社内には、西川氏がサインした書面が残っているはず。サインがないまま行使されたというのなら、その『証拠』が開示されなければ、西川氏の主張が本当かどうかはわからない。西川氏の説明では、社員や株主も納得できないはずです」(同前)

 ほとんど報じられていないが、日産は5月14日、2013年度の有価証券報告書(有報)を訂正していた。ゴーン氏とケリー氏による「重大な不正行為」と、西川氏ら「役員報酬等の開示の正確性に影響し得る事実関係」の発覚を受けて行ったものだという。

 その結果、ゴーン氏の総報酬は9億9,500万円から23億1,300万円に訂正されたが、西川氏の総報酬も1億3,500万円から3億8,400万円に訂正された。

日産有価証券報告書
 
訂正された有価証券報告書

 西川氏の総報酬が大幅に跳ね上がったのは、従来の有価証券報告書のSARの欄に「1,500万円」としか記載されていなかったためである。これが今回の訂正で「2億4,900万円」が追加され、結果として総報酬は3億円を大きく超えることになった。

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source : 文藝春秋 2019年11月号

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