「遅かりし由良之助(ゆらのすけ)」と言って通じる方がどれだけいるだろう。ふた昔前ならご存知歌舞伎の忠臣蔵由来の慣用句で通ったものが、今や「カブキ? ちゅうしんぐら?」だ――ところが、歌舞伎はしぶとい。今もなお面白さを訴え続け、日本人を惹きつけている。
2025年は東銀座・歌舞伎座にて、歌舞伎の「三大名作」が一挙上演される。『仮名手本(かなでほん)忠臣蔵』『菅原伝授手習鑑(てならいかがみ)』『義経千本桜』――数ある歌舞伎の中で最高峰とされる3作だ。初演は全て18世紀半ば、つまり250年以上も上演され続けて「耳触りの良い名ゼリフ」で観客を喜ばせてきた。音楽性を持つアリアのような長ゼリフもあれば、心情を痛いほど突いた見事なひと言も。ここでは『仮名手本忠臣蔵』を中心に、三大名作の名ゼリフをあらすじとともに紹介していく。

まず『仮名手本忠臣蔵』(3月上演)。元禄15年12月14日、大石内蔵助ら赤穂浪士が主君の仇を討った「赤穂事件」を脚色した物語だ。幕府の叱責を避けるため、設定を南北朝時代に置き換えてスタート。室町幕府の執事・高師直(こうのもろなお)(史実の吉良上野介)は、伯耆国の大名・塩冶判官(えんやはんがん)(播州赤穂城主・浅野内匠頭)の妻に惚れている助平爺。鎌倉鶴岡八幡宮での公的行事の休憩中に悪趣味なラブレターを渡してセクハラをかますも、同席の若大名・桃井若狭之助(わかさのすけ)にたしなめられて逆ギレ――翌朝、桃井家の家老から賄賂(わいろ)をされて若狭之助に平謝りした挙句、判官の妻から断りの返事が来たものだから、怒りと罵倒の矛先は判官へ。将軍家の邸内で、「鮒(ふな)だ鮒だ、鮒侍だ!」。
辛抱たまらず判官は師直に斬りつけ、切腹の沙汰がくだる。判官は塩冶家の家老・大星(おおぼし)由良之助(大石内蔵助)の到着を死装束で待っている。由良之助の伜(せがれ)・力弥(りきや)に向かい、「力弥、力弥、由良之助は……」「未だ参上……仕りませぬ」と悲痛な問答。九寸五分の短刀を腹に突き立てた刹那、由良之助が駆け込んでくる。「由良之助か、待ちかねたわやい」と判官は刀を見せて、「この九寸五分は汝へ形見、カタミじゃよ」と死んでいく。判官の無念を汲んだ由良之助は、城を枕に討死せんとする若侍を「まだ了見が若い若い」と押し止めて、敵討を決意する。
一方で判官の元家来・早野勘平(かんぺい)は、妻のおかるの実家で狩人暮らし。敵討の徒党に入るための金策に走る中、夜の闇で手に入った「五十両」――おかるが京の廓(くるわ)に身を売った金。持ち帰る父親は道中で浪人・斧定九郎(おのさだくろう)に殺され金を奪われたが、勘平の撃った猟銃で定九郎は即死。言わば親の敵討だが、暗闇が災いして勘平は舅(しゅうと)殺しと思い込む。姑やかつての朋輩に責められ、ついには腹を切り――「色にふけったばっかりに」、おかるに惚れたのが全ての始まりだとこぼす勘平は、疑い晴れて徒党に加わり死んでいく。
廓で由良之助は敵討の本心を隠すため遊び呆けているが、そこに届いた判官の妻からの密書。縁側で読んでいると、床下には師直の老臣が、2階からはあのおかるが盗み見ている――おかるを身請けして殺そうとする由良之助。その心を察して足軽の寺岡平右衛門(へいえもん)は、実妹のおかるに勘平の死を伝えて命をくれと懇願する。「勘平さんは三十になるやならずで死ぬるとは」――嘆いたおかるは自害しようとするが、その覚悟に感心した由良之助が助命した。
そして由良之助ら一党は、雪の中で師直館に討ち入り見事師直の首を取った。
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