
■企画趣旨
2025年は、団塊の世代(1947年~1949年生まれ)がすべて75歳以上となり、少子高齢化による労働力不足が深刻化するいわゆる「2025年問題」の始まりの年となります。この状況下で、企業が競争力を維持するためには、限られた人材をいかに効果的に活用し、育成するかが重要となります。「人材」を単なるコストではなく、価値を創造する資本として捉え、その成長や活用を最大化することを重視する「人的資本経営」を通じて、従業員のスキルや能力を最大限に引き出すことが求められます。
また、2023年3月期より上場企業に対して、有価証券報告書で人的資本情報を開示するよう義務付けられました。企業が持続的に成長するためには、従業員のスキル、エンゲージメント、健康、ダイバーシティなどに注力することが不可欠であり、これらの取り組みを透明性を持って開示することが求められています。併せて人的資本に関する情報の開示におけるガイドラインが「ISO 30414」より提供されており、ステークホルダーからの注目も高まっています。
人材不足が顕著となる2025年は「ヒト」への投資が企業成長の分水嶺となるのではないでしょうか。単なる数値データの開示だけではなく、定性的な情報や長期的なビジョンを示し「実践」を加速していくことが不可欠になるでしょう。
そこで本カンファレンスでは、「2025年の人的資本経営~変革と実践‐人事部門の重大責務~」をテーマに、経営戦略と人事戦略の融合、企業価値向上への貢献、全社風土改革など、人事部門に求められる変革と実践への期待について多様な視点から考察をした。
■基調講演
2025年の人的資本経営展望
~企業変革の鍵は人事部が握っている~

法政大学キャリアデザイン学部教授
一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事
株式会社キャリアナレッジ代表取締役社長
田中 研之輔氏
UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD。東京大学/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。社外顧問を36社歴任。個人投資家。著書35冊。専門社会調査士。主著『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』。新刊に『進化するキャリアオーナーシップ』『実践するキャリアオーナーシップ』。最新刊に『キャリア・スタディーズ』。メディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
2025年の人的資本経営の二つの重点戦略ポイントは「開示(Human Capital Disclosure)」と「開発(Career Development)」。既に着手はされていると思うが、経営者はこの二つをしっかり行う必要がある。また、一人一人の「人的資本の最大化=キャリア・グロース」の実現も大切だ。人材への「伴走型キャリアドック2.0への戦略的投資」により、成果を引き出し企業の競争力と生産性を高めていく。働き方、生き方をみんなでより良くしたい。
国内では厚生労働省や経済産業省がさまざまな施策を打ち出し、各企業においても人的資本最大化への取り組みが進んでいる。世界的にも変化が顕著で、持続可能な環境=SDGsとともに、SDCs(Sustainable Development Careers)=今後私たちが目指すべき持続可能なキャリアを考えていかなければならない。
仕事に向き合う姿勢や組織内での役割認識を社員=メンバーが明確に持てるようにしたい。そうしたキャリア自律、キャリア開発の仕組み(基本スタンス)ができている企業群と、そうでない企業群では今後、成長や採用面で大きな差が付いていくだろう。今の若い世代は福利厚生ではなく、自律的なキャリア形成を応援する施策が整っている企業を選ぶ傾向がある。
キャリア開発で問われる最先端の視点は、動的な視点/態度や行動の連続/複数の社会的空間横断/個人の主体性/空間内でのキャリアアクターの位置と状態、だ。経営者は一人一人がどういう移動・異動をしているのか、を把握したい。職位(階層)の異動から空間の異動へ——部署や職務が変わったり、兼務(兼業)や時に副業をしたり、といったことがこれからのキャリア形成、人的資本経営においては重要なポイントになる。
キャリア自律度の高い人は、個人のパフォーマンス/ワークエンゲイジメント/学習意欲/仕事充実感/人生満足度のいずれもが1.2~1.3倍ほど高いという調査結果がある。2025年は、本人が自分事として、自律的なキャリア形成ができる施策を充実させるべきだ。
伝統的キャリアと自律型キャリア=プロティアン・キャリアの比較表は下記スライドを参照。プロティアンとは「変幻自在」の意。組織に属する社員のこれからのキャリア成長を見据えて応援していく施策を用意することが、企業のグロース(成長)の要である。

自己成長サイクル/家庭・プライベートのサイクル/仕事・キャリアのサイクルの中心にあるのがまさに「キャリア戦略」。主体的に業務に向き合うことで心理的幸福感を高める⇒心理的幸福感の高い状態で労働生産性を向上⇒労働生産性の向上によって生み出される可処分時間を有効活用⇒ビジネスキャリア・ライフキャリア双方における心理的幸福感が高まる、という好循環のもとにキャリアが形成される。社員には、サイクルの先頭の“主体的に業務に向き合う”つまり仕事に没頭するスイッチを入れてもらうこと、この1点が特に重要だ。
これからの主体的なキャリア形成の鍵は2つ。「アイデンティティ=自分らしくある」×「アダプタビリティ=変化を活かす力」だ。自己の欲求や動機、価値観、興味、能力など明確な自己イメージや自己認識があり、変化する環境に対して反応学習探索と統合力、そしてその状況に適用させようとする意欲があることがキャリア形成につながる。
経営者は、経営戦略と事業戦略と共に、キャリア戦略を策定しなければならない。これらは令和の“三種の神器”である。社員にはキャリア状態を定期的にセルフチェックしてもらうといい。具体的な項目例としては、仕事のアウトプット/人間関係/適切な食事/身体の状態/運動の継続/睡眠の質と時間、が挙げられる。
社員のコンディションチェックをしっかり行い、スキル向上⇒チャレンジを繰返し、退屈と不安のゾーンを脱して仕事アウトプットを高める“フロー”の状態に入ってもらうようにする。キャリアは個人と組織のより良き関係を創る。キャリアの成功とは、個人が“心理的成功”を味わうこと。健康寿命の伸長により、キャリアはいつからでも開発可能だ。
繰り返すが、移動・異動や兼業・副業はキャリア・リスキリングやキャリア・グロースには有用だ。強みを活かせる仕事を自ら取りに行く/キャリア状態のセルフチェック/自分のスキルや経験をアピールする/変化に適合していく——こうしたことができる社員を増やす施策を行いたい。
社員は戦略的なキャリア資本計画で、人的資本の最大化を行うべきだ。「強み」を戦略的かつ徹底的に磨く/キャリア・レバレッジへの中長期・分散型の自己投資/自己を行動変容させ、関わりあう人・組織をキャリア開発する、のである。
人的資本経営で実現すべきは、社員一人ひとりのキャリア資本(ジョブスキル+経済資本+社会関係資本+ビジネス資本)の最大化だ。今まで述べてきたように、2025年は人的資本の最大化への戦略投資計画を立てて実行に移し、個人と組織の持続的成長を実現したい。私はROCI(Return on Career Investments)という指標を開発した。ROCI=利益÷キャリア投資額×100 AI連動型のキャリア開発データの分析、数値化も行っている。数値が見たい、データで語りたい経営者の課題解決に役立つはずだ。
人的資本経営2025は、組織内キャリア形成から一人一人が自律的なキャリアを発揮していく土壌作りへ。理論的支柱は先述のプロティアン・キャリアだ。経営層やCHROは社内外に対話発信をし、キャリアAIデータの構築・収集・解析にも力点を置きたい。
パーソナルスタティックデータ(個人にとって変わらないデータ)ではなく、パーソナルパフォーマンスデータ(個人がどのようにどの局面で仕事のパフォーマンスや生産性を上げているか、競争力を高めているか)が、経営層が実施する教育・研修・開発・診断評価の中に埋め込まれていくと、人的資本経営のより一層の“深化”と進展につながるだろう。
■特別講演(1)
伊藤忠商事の人的資本経営
~厳しくとも働きがいのある会社を目指して~

伊藤忠商事株式会社 執行役員
人事・総務部長(兼)グループCEOオフィス
垣見 俊之氏
1990年伊藤忠商事株式会社へ入社。入社以来、主に人事業務(採用・評価・制度企画・労務など)に携わった後、1990年代後半からの抜本的な人事制度改定プロジェクトを担当。2003年よりニューヨークに赴任しディレクターとして米国・カナダの人事全般及び経営企画に従事、2007年にグローバル人材戦略の責任者として帰任。その後、朝型勤務やがん施策を始めとする働き方改革全般を担当室長として推進し、2016年に当社人事・総務部長に就任。2019年よりユニー・ファミリーマートホールディングス株式会社(現、株式会社ファミリーマート)に出向し執行役員 CAO (兼)管理本部長を歴任後、2023年4月に当社執行役員 人事・総務部長に就任(現職)。
当社はかつて1999年に人事制度の大改定を行い「働きやすい会社」を目指して各種施策を導入した。しかし、実態と乖離した数値目標の設定(バックキャスティングの弊害)や思い切った制度拡充の弊害が生じ、現場とのミスマッチや“権利”を主張し制度の趣旨と異なる目的で多用する社員が増加し、見直しが必要になった。
その反省をふまえ「現場に根ざした人材戦略」を推進している。当社は人材力(個の力)を高める施策を推進しているが、その為に現場主義を徹底し、多様性を重視しながら社員一人ひとりの能力発揮を最大化することで、「三方よし」を体現する「厳しくとも働きがいのある会社」を目指している。
※人材力(個の力)=能力 × 健康力 × モチベーション × キャリア支援
当社の人材戦略の全体像は下記のスライドを参照頂きたい。

六つの主施策の中の「働き方改革」(2010年度~)を推進する上で、当社は財閥系の他商社に比して社員数が顕著に少なく(直近で約25%少)、また、消費関連ビジネスに強く現場主義の継続的な強化が必要、という二つの前提がある。
働き方改革で目指したのは、(1)社員一人ひとりが十分に力を発揮できる環境を整備すること (2)目指す姿勢を「厳しくとも働きがいのある会社」とすること (3)成果を挙げて社員を含む全てのステークホルダーに還元していくこと (4)定量的な目標を「労働生産性」とすること(労働生産性=付加価値・連結純利益÷単体従業員数) (5)性別に関係なく、すべての社員を対象とした改革とすること (6)伊藤忠グループ企業理念「三方よし」に則った改革とすること、である。
「働き方の進化」の具体例としては、2013年から開始した「朝型勤務」がある。20:00~の勤務は原則禁止(22:00~禁止)とし、仕事が残っている場合は翌日5:00~の「翌朝勤務」へシフト。翌朝勤務には深夜勤務と同様の割増賃金を支給し、8:00前始業社員には軽食を無料配布している。結果、23年度は12年度比で20時以降の退館者は23%減、8時以前の入館者は35%増、月平均時間外勤務時間は5.3%減となった。トータルのコストも6%減り、時間に対する社員の意識も高まった。
次に「健康力向上」施策については、少数精鋭体制においては社員一人ひとりが健康で能力を十分に発揮することが最も大切である、との考えから「伊藤忠健康憲章」を制定した。社員が健康に対して責任を持ち会社がそれを支援すること、そして、社員の健康は本人のみならず家族、顧客、ひいては世の中全体の幸福に繋がるとの考えを明示した。
特にがんの予防・治療・共生(仕事との両立)と睡眠改善関連については、充実した施策・取組みや手厚い支援を行っている。例えば後者については、2024年度にはストレスチェック⇒睡眠実態調査(Formsアンケート)⇒結果のフィードバック(解析レポート)⇒各種サービス選択、という睡眠改善プログラムを整備した。生活習慣を変える/寝室環境を変える/病院で治療する、というアクションに着実に繋げている。
そして「経営参画意識の向上」を図るべく、株式報奨制度を導入し、会社業績に応じて夏期・冬期変動給に合わせて持株会特別奨励金を支給している。従業員持株会での奨励金は社員拠出金の10%を付与。24年度の従業員持株会加入費率はほぼ100%となっている。制度導入の背景・目的としては、株主や投資家目線を醸成し、従業員の経営参画意識を高め、長期就業への意識付けを行うためであり、また、社員の中長期的な資産形成を支援する目的もある。
◎改革の成果/次のステップ
こうした取組みの結果、労働生産性は年々向上し、2010年度を1とした場合の労働生産性(連結純利益÷単体従業員数)は、23年度は5.2倍まで上昇した。ちなみに連結純利益は5倍に、株価(各年末終値ベース)は7倍、配当は8.9倍になっている。
働き方改革・健康経営の推進に呼応して、社員の出生率は12年度の0.6から21年度は1.97になった。ちなみに21年度の全国の出生率は1.3、東京都は1.08である。
次のステップに向けて、社員の会社・仕事に対する意識を把握するため、3~4年ごとにエンゲージメントサーベイを実施している。当社の強みや改善すべき課題を調査結果より抽出・把握し、全社・各組織の経営や人材戦略に活用している。調査結果や課題への対応方針を全経営陣や全社員に開示するほか人的資本の情報開示の一環として、統合レポート・ESGレポート・当社ホームページにて開示している。
21年度のサーベイをふまえ22年度に行った具体的施策は、働き方・健康経営の進化(朝型フレックスタイム制度の導入など)/若手・中堅社員の活躍支援(成果に応じた評価・報酬の徹底など)/女性社員の活躍支援(女性社員の育成・登用加速など)、である。
冒頭で紹介した、攻めの経営を支える人材力(個の力)の源泉=「能力×健康力×モチベーション×キャリア支援」に基づき、それぞれの力を高めるための施策をしっかり打ち、成果として測っていく指標を定めて、人材力を高めていくための施策と人的資本経営を行っている。
■課題解決講演(2)
経営幹部育成に求められる非連続な成長
「エース社員」から「経営幹部」への飛躍

株式会社レアリゼ代表取締役
NPO法人日本サーバント・リーダーシップ協会理事長
ビジネススクールASBS代表
真田 茂人氏
早稲田大学卒業後、リクルート、外資系金融会社、教育研修会社設立を経て、レアリゼ設立、代表取締役就任。NPO法人日本サーバント・リーダーシップ協会設立。理事長就任。2021年、アゴラ・サーバントリーダーシップ・ビジネススクール(ASBS)を開校。代表就任。日本を代表する大手企業、医療機関、NPO、地方など様々な分野でのリーダーシップ教育を通じて、この国が再び活力ある状態になるよう活動している。
経営幹部・次期経営幹部には、「社内をうまく回すこと」に加えて、「新しい事業・新しい価値を生み出すこと」が求められる。新人~マネジメント層とは一段のギャップがあり、求められる知見の広がり、深さのハードルが高くなる。
経済が成長期にあった頃は、エース社員から経営幹部になるためには、課長・部長職までの能力・実績をさらに高め、MBA的学習(経営リテラシーを高め、問題解決力の向上)をしてもらい、強く、飛び抜けた能力のリーダーを育成すればよかった。
しかし、これからの時代は部長職から経営幹部になるまでには非連続的成長が求められる。想定外、未知の環境変化/正解やお手本がない/新しいビジネスモデルを模索/多様性/流動化、働き方の変化、働きがい追求、といったことに対応しなければならないからだ。
想定外、未知の事態の時代は、外部の機会(Opportunity)や外部の脅威(Thread)に対する感度が求められる。判断より(情報が足りない中での)決断が重要で、大局観を持ち、常識・前提・経験からの脱却をしなければならない。PDCAよりAAR(Anticipation, Action, Reflection)。まずやってから振り返るのである。「論理」一辺倒からアート、という意識も必要だ。
経営幹部として成し遂げたいビジョンがない経営幹部候補生が多く見受けられる。従来の経験上の「~べき」に縛られ、「~たい」を自分の言葉で語れないのだ。これからの時代、問題解決力より「問題発見力」が重要。パーパスやビジョンを再定義・浸透させ、ゼロベースで考えて、~たい=望む姿を持ち、問題を発見するのだ。
冒頭で触れた、強く、飛び抜けた能力のリーダーが求められた時代ではなく、多様な人を活かすサーバント(支援型)リーダーシップがこれからの経営幹部には必要だ。経営幹部養成には2つの方法がある。企業内と越境学習だ。それぞれに目的、メリット・デメリットがある。当社はどちらの育成支援にも対応している。ご相談いただければ幸いだ。

■課題解決講演(3)
人的資本経営の実践に向けた
「アルムナイ」との持続的な関係構築の実践と事例

株式会社TalentX
取締役
細田 亮佑氏
2012年パーソルキャリア(旧インテリジェンス)入社、広告媒体営業、商品企画を経て新規事業サービスに参画。編集長としてB2BとB2Cマーケティング施策の設計~運用を行う。2018年MyRefer(現TalentX)設立時に同企業参画。
当社のコンセプトは「戦う採用から、戦わない採用へ Recruiting is Marketing」。仲介会社を挟まない従業員リファラルや、自社のスカウトDBを構築する自社スカウトサービスによる採用を支援。自社の価値を正しく届け、社員や候補者との関係構築からファン化を促進するサービス「Myシリーズ」を提供している。
◎人的資本経営時代に求められるアルムナイ採用
人的資本経営の実践に向けて、「アルムナイ」との持続的な関係構築の重要性やアルムナイ(カムバック)採用について、経産省の『人材版伊藤レポート2.0』や経団連の報告書で言及されている。
また、企業価値向上や事業を前進させるための自社の即戦力人材の獲得施策として、アルムナイ人材の活用をはじめとした各種HR施策に注目が集まっている。採用オウンドメディア/ソーシャルネットワーク/リファラル採用/タレントプール採用などの、人材を資本と捉え企業価値向上に繋げる採用マーケティング施策である。
アルムナイ採用のメリットは4つ。(1) 転職潜在層へのアプローチが可能 (2)自社にマッチした即戦力を採用 (3)採用におけるコスト削減 (4)従業員体験(EX)の向上、だ。

◎アルムナイの推進方法やポイント
アルムナイとの関係構築を行う企業は「採用」「自社のブランド確立」「ビジネス連携」を主な目的としているが、本講演はアルムナイ採用に的を絞る。採用促進には退職者が制度を認知し、気軽に再応募できる仕組み作りが重要だ。具体的には、(1)アルムナイ採用制度規約の策定⇒(2)社内外への告知・退職者データ蓄積⇒(3)定期接点情報発信・スカウト⇒(4)事例創出・伝播という流れだ。
アルムナイ採用の成果=登録者数×有効登録率×コンタクト率×応募率×入社率。注力指標は、登録者数(今後の退職者+過去退職者)とコンタクト率(コンタクト網羅率×コンタクト回数)、応募率(開封率×返信率×応募希望率)だ。
登録促進のために、退職済みの人にはアルムナイネットワークへの登録を促す告知を行い、今後退職する人には原則登録を必須化するとよい。早期に成果を出す上では、ネットワーク登録時の取得内容がポイント。現在の「転職意向度」や「在籍企業名」「職種」の3点は必須で取得することを推奨する。
また、コーポレートサイト、採用サイト上にアルムナイ採用に関するページを作成。アルムナイ採用制度の概要や登録のメリットを記載の上、登録を誘導する。アルムナイネットワークを開始した旨のプレスリリースを発信し認知を広げる。そして、退職者と繋がりがある「従業員」にも告知依頼をすることで、ネットワークへの登録が加速する。
応募獲得のためには、採用ターゲットのアルムナイを抽出し、転職意向度や退職タイミングによって配信情報を分類する。募集求人情報だけでなく、企業の更新情報や入社事例、イベント情報などを定期配信して興味喚起したい。応募者の多くは「企業からの求人案内/面談案内」をきっかけに応募している。定期的に連絡を取りアルムナイの転職意向度を計測し続けることが重要だ。なお、アルムナイが企業に求める情報は「採用・求人に関する情報」や「(出戻り)入社事例」だ。
※日立製作所、ほくほくフィナンシャルグループのアルムナイ事例紹介あり。
当社のMyシリーズはアルムナイの管理、ファン化、スカウト、採用を可能にする。MyTalentは、登録フォームや自社ホームページと連携、経験やスキル情報を最新情報に更新してデータベース化が可能。自社への興味度も自動でスコア化される。MyReferは、社員やアルムナイへマイページ(サイト)を提供し、自社の最新情報や求人情報などを届けながら現社員によるアルムナイへの声掛けなどが可能になる。
■特別講演(2)
生成AIの誕生がもたらしたビジネス環境の変化と人的資本の解放
~人的資本経営で見直される、生き方、働き方の本質~

脳科学者
ソニーコンピュータサイエンス研究所 上級研究員
茂木 健一郎氏
脳科学者。1962年10月20日、東京生まれ。ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。東京大学大学院客員教授。屋久島おおぞら高校校長。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了、理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、現職。脳活動からの意識の起源の究明に取り組む。2005年、『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。09年、『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。
Human Resources=人的資本は、人工知能時代において今、注目を集めている存在・テーマだ。実はAIには大変なコストがかかる。電力需要が急上昇し、GPUの争奪戦が起きている。例えば将棋の世界では、加藤一二三氏は鰻重の昼食で将棋が指せるがAIやChatGPTは電力とGPUに重く依拠する。人間の脳の効率の良さは明白で、それが全面的にAIに置き換わるということはない。
生成AI全盛の時代だからこそ、人間の力が必要とされ、人間力が輝く。例えば自動運転。2010年代からデモンストレーション走行が行われており、次期トランプ政権の中枢に入るイーロン・マスクも注力しているが、未だに「完全自動運転」は実現しない。例外的な(交通)状況になったときにAIは例外処置ができないからだ。全ての車がインターネット経由で制御されているわけではなく、道路には人間が運転する車が多数走っており、予期せぬ動きをする場合もある。AIはそれには現状、対応できない。
完全に自律して判断できる人工知能はない。火星探索にしても、人間がその場にいて判断しなければならない局面は必ず生じる。火星までは距離がありすぎて、地球からの指示が光(電波)で届くまでに相当なタイムラグがある。アクシデントが起きたアポロ13号が地球に帰還できたのは、宇宙飛行士が宇宙船の中で例外的な判断をして想定されていなかった操作を行ったからだ。例外的なことが起こったときに判断できる“人間”が必要なのだ。
遠い将来はわからないが「完全自動化」は無理。将棋にしてもゴルフにしても“手心を加える”といったことはAIにはできない。ビジネスも例外処置で成り立っている部分がある。ルーティンワークはAIがやってくれる。そうだからこそ人間の判断力がより輝くのだ。
先述した完全自動運転ができない理由を考えると、HRがこれからどのように求められるかが分かってくる。私が2017年に始めて英語で書いた『生きがい』という本が35カ国、29の言語で読まれている。24年にはそのドイツ語版が34週にわたりノンフィクション部門で1位になった。人工知能と人間の関係を考える上で、生きがいという概念が突然、研究コミュニティの真ん中に爆誕してしまった。
MITの人工知能の研究者であるフリードマン氏のポッドキャスト(超一流の人物しか登場できない)でも、生きがいが話題になっている。仕事をする上で楽しいこと、意味を見出すことを人工知能が奪ってしまうのは良くない、と。このことが、人工知能と人間の関係性を考える上で重要だ、という流れになっている。
例えば、スタジオジブリの宮崎駿氏ふうの絵をAIが描けるからということで宮崎氏が絵を描かなくなり、生きがいを失う……。そういう未来を我々は望んでいるのだろうか。望んでいない。仕事における生きがいとはなにか、が今後重要なテーマになってくる。
24年のノーベル経済学賞を授与されたアセモグル氏は『なぜ国家は失敗するのか』という著書で、収奪的な経済システムを持っている国はイノベーションが起きずに経済が停滞していく、と説いている。まさに日本がそうで、反省すべきところは多い。日本は過去約30年にわたり、収奪するシステム=コスパ、タイパを追い求めすぎていた。成果主義に走り数字・利益のみを追求し働き方には関知しない、となると、人々は疲弊する。子供たちも然りで偏差値に収奪されてしまっている。
生きがいは数値化できるものではない。他人から評価されるものでもない。ここに日本の人的資本復活の重要なヒントがあると考えている。英国の経済学者グッドハート氏は経験則から「ある基準が目標になると、それはもはやよい基準とは言えない」と言っている。経済運営が上手くいってその結果として外国為替レート○円が実現するならよいが、為替レート○円、それ自体をマクロ経済運営の目標にしてはダメだ、ということだ。
世のため人のためを思って仕事をし、結果として売上と利益が上がったならよいが、最初から売上や利益を数値目標にしてはいけない、ということだ。子供が好奇心を持っていろいろ勉強し調べて偏差値が良かったなら良いが、偏差値向上を目標として勉強すると変なことになる。生きがいは、数値化されたり他者から評価される以前に我々の中にある喜びなのだ。
生きがいという言葉がある日本の人々は、もともとそういう感覚を持っていた。新幹線の清掃スタッフによる「7分間の奇跡」。近藤麻理恵さんのベストセラー、トヨタの工場の「TPSカイゼン提案書」……。日本人はこうしたものを生み出す素養、集団的知能・社会的感受性を持っていたのだ。
人工知能が出てきたこのタイミングで、生きがいが世界的なブームとなり研究者コミュニティのバズワードになっている。日本人の居酒屋での開放的な雑談を見聞きしてドイツ人は「自分たちには絶対できない」と驚いていた。自著『生きがい』の中に書いたキーワードのひとつ「自分を解放する(Releasing Yourself)」も生きがいと密接に関連している我々が持つ、欧米にはない素晴らしい文化であるように思う。
グローバル化やAIがもてはやされる時代、どうしても我々は浮き足だってしまうが、日本人が本来持っている人間力を見直し、失わないようにしたい。生きがいを持っている人は、統計的に健康で長寿という調査結果がある。特に心臓血管系の病気が減る。生きがいは、行動に根ざしたウエルビーイングの概念、基準で測れない悦びなのだ。AIとの関係においては極めて理論的に面白いところである。
予言しておく。数年後には、企業経営の「パーパス」に変わって企業としての「生きがい」がハーバードビジネススクールなどで取り上げられるようになるのではないか。特定の宗教やイデオロギーに依らない生きがいや利他の心を持つ、日本人の人間力を見直す時期がきている。
2024年11月14日(木) 会場対面・オンラインLIVE配信でのハイブリッド開催
source : 文藝春秋 メディア事業局