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ルーブル美術館の所蔵する『岩窟の聖母』

 ページの下の折り目部分には、葉っぱの付いた茎が2本。植物学的な特性が精緻に描かれており、直接観察しながら写生したようだ。ヴァザーリはレオナルドが植物のデッサンに真剣に取り組んだと書いており、現存する絵はその観察力の鋭さを物語る。植物を正確に描くことへのこだわりが最も顕著に表れているのは、ルーブル美術館の所蔵する『岩窟の聖母』である。自然のパターンと幾何学の融合というテーマはここにも見られ、茎の根元部分から曲線的に伸びた葉は、コンパスで描かれた正確な半円と重なっている。

「岩窟の聖母」1作目、ルーブル版

 ページの右端には、ふわふわとした積雲のデッサンがあり、それぞれの雲に異なる光や影がかかっている。その下には滝のように流れ落ちる水と、それによって穏やかな水面に広がる波紋を描いている。これはレオナルドが晩年まで描きつづけたテーマだ。他にもページのところどころに、教会の鐘楼、巻き毛、揺らめく葉っぱ、芝生からすっと伸びるユリの花など、レオナルドが繰り返し描いた図柄が見られる。

「少女の頭部の習作」(「岩窟の聖母」の下絵)

レオナルドには珍しいプライベートな書き込み?

 このページには、他の要素とは一切関係のなさそうなメモ書きがある。髪をダークブロンドに染める方法だ。「髪を褐色にするには、まず木の実を灰汁で茹でる。そこに櫛を浸して髪をとき、太陽に当てて乾かす」。宮廷で見せる宗教劇の準備かもしれない。だが私には、レオナルドには珍しいプライベートな書き込みに思える。すでに30代も終わりに近づいていたこの時期、白髪対策に頭を悩ませていたのかもしれない。

レオナルド・ダ・ヴィンチ 上

ウォルター・アイザックソン,土方 奈美(翻訳)

文藝春秋

2019年3月29日 発売

レオナルド・ダ・ヴィンチ 下

ウォルター・アイザックソン,土方 奈美(翻訳)

文藝春秋

2019年3月29日 発売