昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

臨床心理士が精神科デイケアで学んだ「麦茶を入れること」の思わぬ効用とは

臨床心理学者・東畑開人×歴史学者・與那覇潤対談 #1

東畑 あれ、俺はカウンセリングの専門家としてここにきたのではないのか?とひどく戸惑いました。大学で学んできた「セラピー」とか「心理療法」で患者の援助をすると思っていたら、ひたすら麦茶を作ったり、送迎バスの運転をしたりすることになったからです。これには参りました。せっかく学んだ心理療法も、麦茶作りに応用できないですからね(笑)

 でも、麦茶を作るのって、日常を支えることであり、円環する時間をグルグル回していく仕事なんですね。そこがしっかりしていてこそ、直線の時間も可能になるということに次第に気付かされていくわけです。そういうものを「ケア」と呼んだのがこの本です。

日常は「無意識に反復されるサイクル」で満ちていた

與那覇 「円環する時間を回す」って、いい表現ですね。自分のうつの時の体験とも重なってきます。

 重いうつ状態で寝たきりに近くなると、日常はこんなにも「無意識に反復されるサイクル」に満ちていたのかと驚くんです。洗濯機のボタンを押す・その横で顔を洗う・朝ご飯を食べる……とかって、健康な時は意識せず自然とやっちゃいますよね。病気になると、それらすべてを「意識」して一大事業のように取り組まないとできなくなる。うつの人が「気分が暗くて」希死念慮をもつというのは間違いで、実際には「日常が苦行になってしまうから」だと思うんです。

 だから治療や回復も本当は、「病気を乗り越えて、より強く成長した」みたいな、自覚的に起こる直線状のプロセスとしては語れない気がします。むしろ、これらさえ回っていればなんとか生存できる、そうした無意識のうちにある小さなサイクルの数々を、もう一度回転させてあげることなのではないでしょうか。

©山元茂樹/文藝春秋

トランプ、ウノ、花札。ボードゲームがうつに効いた?

東畑 そのとき重要なことは、日常は他者がいることによって可能になるということです。映画でもそうですよね。非日常の冒険空間はたった1人の旅が可能ですが、日常のシーンには必ず誰かがいます。日常は1人では回せない。逆に言えば、誰も他者がいなくなると、そこは非日常になってしまいます。

 だから、僕の仕事はひたすらデイケアで座っていることでした。「一緒に居る」ことが仕事です。だけど、「ただ、いる、だけ」だと退屈で死にそうになっちゃうので、トランプ、ウノ、花札など、一生分のゲームを沖縄でしました。不思議ですよね、ゲームってめちゃめちゃ面白いわけじゃないけど、そこそこ面白くて、とりあえず毎日やっていられる。確か、與那覇さんも……。

與那覇 はい、入院中とデイケアで、患者さんたちと一緒にボードゲームをやることが回復に役立ったという体験を『知性は死なない』に書きました。

 入院がゴールデンウィークをまたぐことが分かったとき、病棟にあった人生ゲームはその時点で『100万回生きたねこ』みたいに何回も繰り返していて、さすがにこれ以上は無理だと思った。そこで同書で紹介した『カルカソンヌ』を買ってきて、退院するとき「もう、する相手もいませんから」と病院に寄付したら、なんとデイケアにも同じものが置いてあって(笑)。