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臨床心理士が精神科デイケアで学んだ「麦茶を入れること」の思わぬ効用とは

臨床心理学者・東畑開人×歴史学者・與那覇潤対談 #1

「心より飯よこせ!」という風潮のなかデイケアに就職

與那覇 文部省(当時)がスクールカウンセラー事業を始めるのが1995年、賛否を呼びつつ河合さんも関わって「心のノート」ができたのが2002年でした。しかし「衣食は足りたのだから心のケアを」という発想が後に裏目に出て、いまはむしろ「心より飯よこせ!」という風潮がありますよね。

『居るのはつらいよ』では、東畑さんが博士号を取得後、沖縄のデイケアに就職してからそこを離れるまでの4年間が描かれています。とくに共感したのが、「時間には2種類ある」という視点でした。ひとつは円環的な時間で、春夏秋冬のように毎年同じことが繰り返され続けるイメージ。もうひとつが直線状の時間で、「成長、進歩していく」というイメージです。

©山元茂樹/文藝春秋

與那覇 これが利用者としてデイケアに通いながら僕の感じたことと同じで、驚いたんです。患者は治りたいから医者にかかるので、最初は直線型のイメージ、つまり順々にステップを踏んで最後は「はい、ゴール。治りましたよ」と言ってもらえる時間軸を想定している。復職を目的とするリワーク型のデイケアだったこともあって、当初は自分も「とにかく早く次のステップに行きたい!」みたいな感じでした。

 しかしそうならず足踏みしているうちに、「あれ、実はこの『足踏み』自体に意味があるんじゃないか?」と思えてきた。がむしゃらに働いていると見えなかった、「成長」とは別の時間の流れを体験すること自体が、治療なんじゃないかと。東畑さんが勤められたのは、就労支援よりも地域に病者の「居場所」を作ることを目的とするデイケアでしたが、まさにスタッフの側から同じ変化を体験されたわけですね。

専門家なのにデイケアではひたすら麦茶を作ってました

東畑 今になって思えば、日常って円環型でしょう。僕らの毎日は、グルグル回ることによってできている。今週の火曜日と先月の火曜日が同じであるからこそ、僕らは安心して日常を生きられる。でも、大学生、社会人となっていく過程で、僕らは円環の時間になじまないものの考え方を叩きこまれていくわけです。ゴールを決めて、いつまでにこれを達成するか、みたいな考え方が、僕にもしみわたっていました。博士論文書かなくちゃ、とかですね。

そして、専門職というものも基本的にそういう考え方でできています。「治療」というのはまさにそうです。Aという状態から、Bという状態へと変化していくことが、治療の本質です。そういう直線的変化のために僕らはいろんな理論や技法を学ぶわけです。だけど、いざデイケアに行ってみると、看護師から、「とりあえず座っておいてくれ」――。