日本のインターネット業界最大手のヤフージャパン(代表取締役は川邊健太郎さん)が、アパレルEC大手の「ZOZOTOWN」を運営するZOZOを買収し、名物経営者であった前澤友作さんの代表取締役退任もあわせて発表されました。大変なインパクトが業界全体を襲っております。
ZOZOといえば、世界のロッテファンの聖地であるZOZOマリンスタジアム(千葉マリンスタジアム)のネーミングスポンサーであり、また、ヤフージャパンは総帥・孫正義さん率いるソフトバンクグループの孫会社でもあるため、我らが愛するパシフィック・リーグの西と東に福岡ソフトバンクホークスと千葉ロッテマリーンズが並び立つという快挙となるわけであります。
太古の昔からロッテを愛し、パ・リーグとともに歩んできた私たちは、このビッグニュースをどう受け止めるべきなのでしょうか。
EC最大手を目指し成長戦略を描くヤフージャパンの邁進
ヤフーショッピングの拡大や、オフィス通販大手のアスクル問題などで力強く成長を企図するヤフージャパンの思惑は別として、やはりロッテを考える上で避けて通れないのはロッテを代表する選手であった初芝清さんの去就であります。日本有数のヘビメタ愛好家として、社会人野球の舞台でセガサミーの監督に就任し、その指導力を如何なく発揮している初芝清さんの真の価値は驚くほどの勝負強さであり、また、引退後もパ・リーグ野球の精神を若き選手たちに引き継がれゆくファンタジスタの遺伝子にあります。
その原点は1995年、シーズンを通してわずか80打点という史上最少の打点数で打点王に君臨する初芝清さんの姿です。1986年にトレードで中日に出た大打者・落合博満の後継として、右の長距離砲の秘めたる能力を一気に開花させました。しかも、この年は同じ打点であのイチローや、日本ハムの良心・田中幸雄(こゆきのほう)と並んで受賞しており、初芝さんは打率.301、25本塁打に80打点と、まるでナムコスターズの永遠の四番ぱつくを彷彿とさせる打撃成績を達成します。
しかし、初芝さんの飛躍はここではとどまりませんでした。打点王程度ではファンタジスタとしての荒ぶる神の力をまだまだ披露しきれないと思ったのか、翌1996年は打点を捨て、初芝さん本来の職能である「併殺打を放つ力」を発揮。満塁の場面で芸術的なピッチャーゴロ・ホームゲッツーを4件含む16併殺打という驚くべき金字塔を建立、相手チームを恐怖に陥れる打点王から一転、味方ロッテが絶望にハマり込む併殺打王へと転職を果たすわけであります。
その後も初芝さんの併殺打へのこだわりは収まらず、引退したその年までチャンスのたびに美しい併殺打を量産し、常にリーグ併殺打ダービーの上位をキープし続けるなど、ゲッツーへのこだわりを捨てませんでした。