被害者が加害者に迎合したような行動を取る理由
表面的には矛盾しているように見える女性たちの言動は、性暴力の被害者には珍しいものではない。
「性犯罪の被害者心理への理解を広げるための全国調査」(NPO法人日本フェミニストカウンセリング学会、2019年)では、性被害に遭った後に、加害者に好意を寄せていると取られかねないメールや手紙を送った次のような事例が、20件近く報告されている。
「加害者の感情を逆なですると私の職場環境が悪化すると考え、メールで相手をなだめるようにしていった」
「加害者の考えを先取りして、メールし、歓心を買おうとするまでになっていた。喜ぶとほっとして、『これ以上悪いことは起きないだろう』という安心が得られた」
メールにとどまらず、マフラーや眼鏡などを加害者に贈っていたケースも、10件以上報告されている。加害者の妻に「浮気」を感づかせ、加害行為をやめさせることなどが目的だった。
こうした言動は日本人に限ったことではない。例えば、#MeTooのきっかけとなった米ハリウッド映画界の大物プロデューサー、ハービー・ワインスティーン被告の性暴力でも、被害女優たちが同被告に "I love you" といったメールを送っていた。
被害者はさらなる被害を避けるため、加害者に「自分に気がある」と勘違いを起こさせることもする。それを「温かなもの」と受け止め、さらに大胆になる加害者もいるだろう。
広河氏はその1人だったのではないか。
日本フェミニストカウンセリング学会は、調査報告書でこう訴える。
「被害者は相手を怒らせないようにと加害者に迎合したような行動を取ることが少なくないが、その必死の思いや混乱した心理状態からとられた対処行動がなかなか理解してもらえない」
報告書が示す広河氏の人間性
先ほど引用した広河氏の言い分には、「男女がたとえ、地位や力の世界であっても、すべてがセクハラが絡む関係とならないはずだ」というくだりがある。
その通りだろう。すべてがセクハラが絡む関係だったら、世の中大変なことになる。
立場を利用して性的行為を迫らない。相手を抵抗しにくい状況に追い込まない。同意を大事にする。いやがることをしない。
これらが守られれば、どんな立場にある者同士だろうと、性暴力もセクハラも絡まない関係がつくれると思う。
しかし広河氏は、そのすべてが欠落していた。そのため、女性たちの尊厳を踏みにじり、深刻な傷を負わせ続けた。
広河氏はパレスチナやチェルノブイリなどで、虐げられる側の痛みや悲しみをくみ取り、写真や文章で伝えてきたはずだった。
その人権派ジャーナリストが、目の前にいた女性が不本意なセックスを迫られ、嫌な思いをしているのにまったく気づかなかったと、今回の報告書では主張している。
そして、女性との間に「温かなもの」があったのは確かだが、強引に性行為に及んだことは記憶にないと言い張っている。
ここまで都合のいい感覚と記憶をもつジャーナリストがしてきた仕事には、強い疑いの目が向けられるべきだろう。