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捜査当局は情報をコントロールしようとする

 情報をなるべく隠そうとする当局に、記者はどう向き合うのか。警察や検察がなにか問題を起こした時に、その体質や偏向を正面切って批判することも大事だが、それだけでは当局はたいして傷つかない。その問題の「張本人」とされる責任者のクビを切って、一件落着にすれば終わりだからだ。当局にとっては幹部個人個人などは実のところどうでも良く、組織が生き残れるかどうかが最重要なのである。組織を生き残らせるためには、ひとりのクビを切ることなど容赦ないのである。

 捜査当局という組織にとっていちばん困るのは、情報が漏洩することである。情報漏洩が続くことは、組織の基盤を揺るがす。だから情報の漏洩に対しては、当局は徹底的に潰そうとする。しかし記者の夜回り取材までは潰しきれないから、新聞に出る情報をできるだけコントロールしようとする。

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 記者がどのような情報を持っていて、それをどのようにして、どのタイミングで紙面化しようとしているのかを当局は知ろうとする。さらに言えば、いったい刑事の誰がどの新聞記者に情報を流しているのかをつかみたい。だから当局の幹部も新聞記者の夜回りをあえて受け、探りを入れようとする。

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「そうだったのか! わかったぞ!」と叫んだ捜査一課長

 実際には、捜査当局幹部はこんな仕掛けまで行っている。部下の刑事たちに一律の情報を教えるのではなく、たとえばA刑事には情報Aを教え、B刑事にはそれと異なる情報Bを教える。そして翌日、幹部宅に夜回りにやってきた記者が情報Bをぶつけてくれば、「なるほど漏洩していたのはB刑事か」ということがわかってしまう。

 私もこういう経験は何度となくした。夜回りで情報を入手し、翌日の夜に警視庁捜査一課長に「こういうネタがあるのですが…」と切り出すと、ときたま一課長の眼がぎらりと光る時があった。「なぜそれを知っているのか」と驚くのではなく、「ほお、なるほど」という変に肯定的な反応だったのだ。

 私の先輩記者には、ネタを捜査一課長に当てたところ「なるほど、そうだったのか! わかったぞ!」と叫ばれた体験を持つ人もいた。ようやく流路を突き止めることができ、内心の喜びを隠しきれなくて口に出してしまったらしい。

 このようにして情報の出所をあぶり出し、あぶり出したネタ元の刑事は左遷して潰し、すべての情報を自分のコントロール下において記者に直接小出しにしていく。記者の側はこのコントロールから逃れて、絶対にばれない情報源を作ろうとする。当局の情報コントロールを受けず、いつでも当局内部から情報を得られるようにしておくことが、重要な権力監視になり、当局の権力の横暴を抑止する力になるのだ。実際、当局の不祥事などがこういう情報源から得られ、それが報じられたケースは過去にたくさんある。

 当局の幹部は、政治的な理由や保身などで時に意図的なリークを行うこともある。記者の側がこのような意図的リークに乗せられてしまうと、当局にコントロールされてしまうことになりかねない。だから私は事件記者時代、「幹部からだけネタを取るのではなく、下から取れ」「巡査部長や警部補からネタをとれてこそ、本物の事件記者だ」と教育された。幹部の意図的リークに乗せられず、「下から取る」ことこそが権力監視になるという哲学なのである。