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スタッフから「監督、それは気持ち悪い」

『君の名は。』は先述のとおり大ヒットとなったが、その要因の一つには、東宝と組んで行なった脚本会議もあげられる。同会議では毎回、映画を初めて見た観客の気持ちをチームで徹底的にシミュレーションし、そのうえで最終的には監督である新海のやりたいようにさせてもらった。本人によると、会議での自分の提案に対し、「監督、それは気持ち悪い」などとじかに言ってもらえたことで、だいぶ助かったという(※4)。

『天気の子』では、新海はさらにディレクションに徹し、スタッフの個性をより活かす志向を強めた。同作制作にあたっては、これまでの新海作品と同じく、彼の描いた絵コンテを尺に合わせてつないでムービー化したビデオコンテがつくられた。だが、彼は自らのイメージを押し通すのではなく、コンテを叩き台にしながら、できるだけ周囲の意見を聴き、アイデアを取り入れていく方針をとった。

『天気の子』のキャスト。左から小栗旬、本田翼、新海誠監督、醍醐虎汰朗、森七菜

《大きな規模の現場で実感するんですが、映画作りって、人は自分と違うということを知って、ほかの人が僕より全然いいものを出してくれるんだっていうことを納得していく過程なんですよね。ビデオコンテを一人で作った時点で、ある意味僕の中のイマジネーションはそこがピークで、それをいろんな人で分担して作っていくと、声でも演出でも、ちょっとイメージと違うなっていうことがあるんです。でも、その人が出してきてくれた意味をよく考えてみると、全然僕のよりいいものが見えてきたりする。それは、最初に思っていたものをちょっとあきらめることになるけど、その代わりもっと光っているものを手に入れているという感覚です》(※5)

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「男の子と女の子と二人」だけではない物語に

 まったくの一人で映像制作を始めた彼が、やがてスタッフを集めてチームで一つの作品をつくる喜びを見出し、ついには上記のようなスタイルに行きついたというのが興味深い。従来のアニメーション監督であれば、スタジオで修業を重ねながら、徐々に自分のやりたいことを見出してきたところを、新海はまったく逆の道をたどったのだ。

『ほしのこえ』が話題となったころ、新海はあるインタビューで《「ほしのこえ」には男の子と女の子と二人しか出てこない。社会性がないといえば、まったくない世界です。僕にもそういう傾向があるし、社会性があまりないのかと自分でも心配になったりしますけど》と語っていた(※6)。「男の子と女の子と二人」が軸になる物語という意味では、『君の名は。』も『天気の子』も同じだが、作中には大人を含む大勢の人たちが登場し、社会もちゃんと描かれている点で異なる。とりわけ『天気の子』では、主人公の少年・帆高と関係する須賀や夏美といった大人たちが登場し、それぞれに背負ったものをうかがわせながら、世界観に奥行きを与えていた。