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《禅とは掃き清めること》人間関係ぐちゃぐちゃのS・ジョブズを救った日本人僧侶の言葉

スティーブ・ジョブズと禅僧 #2

2020/05/31

 どん底を見た男、スティーブ・ジョブズ。華やかなイメージのジョブズだが、実際には一度、自ら創業したアップル社から追放されている。原因は、傲慢な性格に起因する経営不振。しかも、リベンジを期して興した新会社では、やることなすこと失敗続きで、あわや一文無しに。

 だが、男はあきらめなかった。1996年、アップルに復活すると、iPod、iPhone、iTunesなど世界的ヒット商品を、次々と世に放った——。そんなジョブズの隣には、いつも日本人僧侶がいた。生涯、師と仰いだ禅僧、故・乙川弘文(おとがわこうぶん)。風来坊主とも呼ばれた禅僧から、ジョブズが血とし肉とした7つの言葉。

弘文は、書の達人でもあった。ジョブズのフォントに対する情熱に影響が見られる ©︎Nicolas Schossleitner

禅僧の言葉(5)《禅とは掃き清めること》

 アップルを石もて追われたジョブズは、時代の寵児から一気に坂を転げ落ちた。時に1985年、ジョブズ30歳。道を失いかけた彼は、禅の師、弘文を追い求めた。たとえば、追放の翌年。なんとジョブズは、弘文の里帰りに同行し、新潟の小さな街、加茂にまで足を伸ばしている。

 一方、この頃、弘文自身は、ニューメキシコ州サンタフェ近くの山岳地で、一種の隠遁生活を始めていた。もちろん、ジョブズはここにも現れている。人里離れた山奥まで師を追った弟子に、師は説いた。

 みんなは、禅を瞑想だと思っている。でも、そうじゃない。禅とは掃き清めることなんだ。

 実はこれ、かの有名な『般若心経』の〈色即是空(しきそくぜくう)〉に繋がる言葉である。

  色(しき)はすなわちこれ空(くう)

  ここでの〈色〉は、あらゆる物質要素を指す。〈色〉であるところの物質要素は〈空〉。平たくいうと、物質とは実体のない状態なのですよ、というのが〈色即是空〉が意味するところだ。

弘文の書 photo/Courtesy of the Abbott family

 となると、私たち人間も物質要素のひとつだから、実体がないことになる。ところが、人の自我の殻はとてもガンコで硬くて、世の中の中心を占めてしまう。そうではなく、自分の思いに執着せず、自身を「掃き清めよ」と、弘文はジョブズに説いた。

 元来、人々から「現実歪曲フィールド」と形容されたほどの傲慢男だったジョブズ。しかも、当時の彼は金銭的に崖っぷちで、新会社、ネクストの社内も、人間関係もぐちゃぐちゃになっていた。ニューメキシコの山奥で「掃き清めよ」と教えられたジョブズは、この言葉を胸に、再びシリコンバレーへと戻っていったのだった。