「色魔」という言葉はいまは全く使われなくなった。「蕩児」という言葉も同様だろう。「昭和初期の性が解放された時代」(下川耿史「昭和性相史 戦前・戦中篇」)には、女と男をめぐって、いまでは考えられない驚くべき事件がいくつも起きた。
今回取り上げるのもそういった事件の1つ、「色魔」の「蕩児」が巻き起こしたスキャンダラスな一件だ。
福田蘭童といったら、70歳代の人なら「ヒャラーリヒャラリコ」の「笛吹童子」の映画音楽を思い出すだろう。近代美術のファンなら、彼が夭折の天才画家・青木繁の忘れ形見だと知っているかもしれない。無声映画からトーキーに移る時代の日本映画の女優に夢中になった人なら、彼が松竹・蒲田のトップスター川崎弘子と結婚したことを思い出すはず。そして、ジャズやコミックバンドに詳しい人なら、「スーダラ節」などで一世を風靡した「クレージーキャッツ」のピアニストだった石橋エータローが彼の息子だと聞いたことがあるのではないか。
そんな男が世に知られ始めていた青年時代、名うての“女たらし”で“色魔”と呼ばれたこと、多くの女性をもてあそんだとされ、最後は結婚詐欺の罪で服役したことは、90年近くたったいま、歴史のかすみの中の「伝説」としてしか残っていない(今回もさまざまな差別語が登場する)。(全2回の1回目。後編を読む)
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きっかけは「有閑階級」のマージャン賭博
端緒は麻雀賭博の手入れから。1934年3月17日付(16日発刊)各紙は一斉に大きく報じた。東京朝日(東朝)夕刊は2面トップで「警視庁では16日朝、文士、医師、画家、尺八作曲家、実業家、代議士関係などの有閑マージャン賭博団に対して弾圧を下し、一挙13名を検挙し、数日前検挙の2名と、追跡または保留中の3名とともに18名に対して厳しいおきゅうを据えた」。
検挙されたのは作家・広津和郎ら。午前5時、30人の刑事が8台の車に分乗して手入れに向かったが、「尺八界の鬼才・福田蘭童氏はこのことを知ってか、目黒区中目黒1ノ55、目黒ホテルに刑事連が乗り込んだ時には既に姿をくらましていた」(同紙)。
東京日日(東日)=現毎日新聞=は「結構過ぎて手慰(なぐさ)み 有閑階級お縄頂戴(ちょうだい)」、読売は「春眠を破った大檢擧(検挙) 重役、文士、博士ら 『有閑不善』の賭博」の見出しで、いずれも“特権階級”を揶揄(やゆ)するニュアンスが漂う。
東朝は別項の記事で「警視庁の今度のマージャン賭博検挙は昨冬11月、世間をアッと驚かした例の文士賭博事件に端を発している」とある。
1933年11月、ダンスホールでのダンス教師と有閑マダムの摘発から文士、実業家らの間で各種の賭博が行われていたことが判明。作家の久米正雄、里見弴、川口松太郎らが検挙された事件のことだ。このころ、有名人の間でギャンブルがブームになっていたことが分かる。
賭けのレートについては、読売が「千点について十円の大賭博」、東日は「千点十円ないし二十円」としている。2017年の貨幣価値に換算すると10円は約20万7000円、20円は約41万4000円だから、かなり高額のレートだ。