昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/12/12

「ただ飯ばかり食いやがって!」と叔母から言われ続け

 中学を卒業すると、本格的に店の手伝いをさせられた。

「でも嫌でね。何度も逃げ出しました。川崎の実家に帰っては連れ戻されてね。若いうちは夢や希望があるじゃない? 結婚して子供を産んで、家庭を持ってという望みもありました。色んなやりたいことがあるにもかかわらず、こんなところに縛られてつらかった」

 叔母にいじめられたことも重なり、10代後半には睡眠薬を大量に飲んで自殺を図った。意識は失ったが、一命は取り留めた。20代になってからは副業で和裁の仕事を始め、寝る間も惜しんで働いた。小さい頃から「ただ飯ばかり食いやがって!」と叔母から言われ続けた反発心から、自由になるお金を手にしたかったのだ。

「昔の子供はラムネの瓶を割ってビー玉を取り出しましたけど、今の子供はそういうことに興味がないみたいですね」と雅代さん

 30歳で結婚。夫と一緒に住む横浜から2時間かけて通い、子供が産まれてからは母の実家の川崎へ移り、そこから通った。長男が小学生に上がる頃、店の近くのアパートへ移り住み、叔母と一緒に切り盛りしてきた。週に何度か、夫のためにおかずを作り、電車やバスを乗り継いで運び届けた。慌ただしい日々だった。

 やがて子供たちは巣立ち、いじめられた記憶ばかりの叔母は平成3年に亡くなった。以来、雅代さんは1人で店を守り続ける。あんなに嫌だった店番も、今では感謝の気持ちを持てるようになったという。

「人と話すのはもともとあまり得意ではなかったんです。でも段々やっているうちに、大勢の人との出会いがあり、色んなお話をして世間も広くなり、ありがたいことだなとつくづく感じます。我が子でさえ連絡が途絶えがちな時代に、昔の人が尋ねてきて、音楽の話をしたりするのが楽しいじゃないですか」

「コンビニは安いけど味気ないって」

 純粋な値段だけなら、大量に仕入れるコンビニには勝てない。おまけに今はネットで何でも購入できる時代だ。少子化も相まって、街の駄菓子屋は今、存続の危機に瀕しているのかもしれない。

「駄菓子屋がなくなっていくのはしょうがないよ。でもね、こういう店で買うほうが良いって言って下さる人けっこういるんですよ。コンビニは安いけど味気ないって。レジ打ちも全部機械。だから頭使わないんですよ。今はスマホでピッピッピッってやれば答えが出るでしょ? 人間はそのうちITに支配され、感情を失っちゃうんじゃないかと思って」

注文する駄菓子を書いたメモ。毎日午後5時に業者から電話が掛かってくるという

 効率や利便性を追求すれば、そこにはリスクや代償が付きまとう。駄菓子屋という小さな空間にはひょっとしたら、豊かさを享受した現代に忘れられた何かが残っているのかもしれない。雅代さんは語気を強める。

「お金では買えがたい良さをうちは出し続けています。駄菓子屋なんて大したあれじゃないけど、今ではこの店に携わって良かったと思います。駄菓子屋をやるために、この世に生を受けたのではないかとすら考えています」

 

「昭和」という時代を象徴する駄菓子屋文化が失われつつある今、創業から239年という歴史を途絶えさせないため、後継ぎのことはすでに考えているという。

写真=水谷竹秀

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

この記事の写真(17枚)

+全表示

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー