深夜のバス停から、女性路上生活者の姿は一斉に消えた
「以前、36時間以上いらっしゃった、そういったお客様に対しては警察を呼んだこともありました。しかし多くの方は静かにお休みになっていらっしゃるだけですし、他のお客様にご迷惑をかけることもございません。それにそういった方々も、私どもにとっては料金を払ってくださるお客様です。追い出すようなことは致しません」(前出・ファミリーレストラン店員)
都市生活の苦難のなかを生きる人々への配慮は、言外からもにじんでいた。
ニュースを目にしたからだろうか。幡ヶ谷の事件後、深夜の渋谷のバス停からは女性路上生活者の姿は一斉に消えた。しかし日中に近くの公園をめぐると、陽の当たるベンチや歩道に座って暖を取る女性たちの姿があった。何人かに取材を申しこんだが、「そっとしておいてほしい」と応じてはもらえなかった。深夜になると彼女たちは、人の目を避けるように奥まったベンチや橋下で腰を折り曲げ、ひっそりと眠りにつく。公衆トイレの前を通りかかると、路上生活でも身ぎれいにしようと、鏡の前に立つ丸まった背中もかいま見えた。
「前日の未明に『お金をあげるからバス停からどいてほしい』と頼んだが、応じてもらえず腹が立った。痛い思いをさせれば、いなくなると思った」
幡ヶ谷の事件で吉田容疑者は取り調べに対し、そう供述しているという。
だが殺害当時、所持金が8円だった被害女性にいくらかの「お金をあげ」たとしても、現在の東京には、彼女たちが安心して泊まることのできる居場所はない。
新型コロナの感染者数は減らず、都による飲食店への深夜営業自粛要請は続き、寒さはいっそう厳しくなる。石の入った袋で殴りかかられなくとも、ビル風が吹きつける深夜の路上に「痛い思い」は蔓延している。
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(※1)
厚労省「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」
(※2)
渋谷区と共同で自立支援を行う東京都福祉保健局によれば、ホームレスの人数調査方法は「各施設管理者の目視による確認調査とし、直接テントやダンボール等の中を確認したり、路上生活者に対する聴き取りを行ったりはしていない」。また渋谷区は「自治体としては先駆的な取り組みとして、NPO法人等と連携し『ハウジング・ファースト事業』という路上生活者に対する支援事業を開始し、居住先を確保することを優先し、再び路上生活に戻らないように、個々の状況に合わせたきめ細やかな支援を実施して」おり、路上生活者概数調査での数値は、10年前の216人と比較すると半数以下になっている。
(※3)
7月末、宮下公園跡にオープンした「ミヤシタパーク」に関して、行政が行った「野宿者排除」を巡る紆余曲折の問題がSNS上で再燃した。