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警察に示す証拠ではない……家庭内で暴行を受けた女性は、なぜ痣を写真に収めたのか

著者は語る 『海をあげる』(上間陽子 著)

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『海をあげる』(上間陽子 著)筑摩書房

 沖縄の風俗店で働く少女たちの調査をもとに執筆され、ベストセラーとなった『裸足で逃げる』から3年。琉球大学で教鞭をとりながら、未成年女性の調査を続ける上間陽子氏の2作目の単著は、若年出産女性調査についてや自身の沖縄での日々を綴ったエッセイ集だ。

「若年出産女性の調査は2017年から始めました。自分の中では『裸足で逃げる』の時からターゲットを変えたつもりでしたが、ふたを開けるとこの2つの調査の対象はかなり重なっていることが分かりました。どちらも初職が風俗で、10代で母になっている。でも、以前の調査より格段に女性たちがしゃべらなくなっているな、と感じました」

 例えば家庭内で暴行を受けたある女性の話。暴行のあと、できた痣を写真に収めていたというが、それは友人に見せるためではない、警察に提出する証拠でもない、「ただ撮った」写真だったという。

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「自分の危機を誰かとシェアするという感覚を持っていないんですね。以前の調査では、暴行を受けた女性が記録を取るときには、友達に見せようと思って、とか、仕返しするときのために、など他者と繋がる意識がありました。それが希薄になっているというのは大きな変化です。

 普段から繋がりあってきたコミュニティが欠如した状態で、どこまでその人の人生の修復に関わることができるのかは未知数です。私と何回か話をしたくらいでは自分の人生を収めることはできないと思うので」

 上間氏は女性たちの選択に善し悪しの判断を加えない。彼女たちの話を、トランスクリプトという形で話し言葉のまま記述していく文体からは、息遣いがそのまま聞こえるようだ。