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台湾生まれの作家、李琴峰が語る『三体』「人間の業を痛感させる文化大革命の描写は、溜息なしには読めない」

2021/05/31

source : 文學界 2020年10月号

genre : エンタメ, 読書, 国際, 娯楽

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 第一部『三体』は1960年代の文化大革命に始まり、2010年代の「三体危機」、すなわち三体文明が地球侵略を企んでいることが判明するところで終わるので、約50年間の出来事を描いていることになる。ちなみに、『三体』が雑誌で連載されたのは2006年なので、執筆時点からすれば「三体危機」は未来という設定だった。

 第二部『黒暗森林』は「三体危機」が判明してからの「危機紀元」、つまり2010年代に始まり、「危機紀元」の終結、2208年に終わる。地球人が三体人の侵略に備えて発足させた「面壁計画」、四人の面壁者の謀略、「呪文」の送信、大不況の時代、「水滴」の襲来、そして「終末決戦」と「暗黒の戦い」、全てがこの200年間の出来事である。(以上の西暦紀元は『死神永生』に付されている年表に準拠しているが、細かく読むと時間的な矛盾もある。)

 第三部『死神永生』は、とにかくスケールがデカい。物語は1453年東ローマ帝国の滅亡に始まり、太陽系の「危機紀元」「威嚇紀元」「威嚇後」「放送紀元」「掩体紀元」を経て、想像を絶する遥か彼方、宇宙の終わり、時間の外側まで描いている。その壮大さは、第一部と第二部を遥かに凌駕している。

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宇宙進出の序章――『三体』

 三部作の第一部『三体』が中国で刊行されたのは2008年だが、世界的に大ヒットしたのは2015年、アメリカでヒューゴー賞を取ったことがきっかけであり、それは近年の日本における中国SFブームの発端と重なる。そんなブームを牽引する本作は、しかし壮大な物語の序章に過ぎない。

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 1960年代、文化大革命で紅衛兵によって父親を殺された女子大生・葉文潔は、専門性を買われ、「紅岸」という異星人を探すために作られたプロジェクトにスカウトされる。人間の業に深く絶望した彼女は異星人による地球人類への介入を求め、地球文明に関する情報を宇宙に向かって発信した。その情報を受け取った異星人・三体星人は、地球侵略を決意する。

 三体星人は、地球から最も近い恒星系(距離は4・3光年)であるケンタウルス座α星系に居住している。α星系は3つの恒星を持つ三重星系であり、物理学における三体問題を構成しているため、恒星(=太陽)は不規則な運動をしている。α星系の惑星に住む三体星人にとって、日の出と日の入りの時間が一定でないだけでなく、恒星の位置によっては数千度の高温や絶対零度の厳寒に見舞われることもある。更には惑星そのものが恒星の引力によって引き裂かれたりもする。そんな過酷な環境において三体星人は文明の誕生と滅亡を数百回繰り返し、奇跡的に地球より高度な文明を生み出すことになった。しかし三体問題に解が存在しない以上、三体星人がいつでも滅亡の危機に直面しかねないという事実に変わりはなく、そのために彼らは移住の地を求め、地球に目をつけたのである。三体星人は地球侵略のための艦隊を派遣し、それが400年後に地球に到着する予定であり、更に地球人類の科学の発展を封じ込めるための「智子」(人工知能を内蔵した陽子、「知恵のある粒子」の意)を地球に送り込んだ。