だから、「社会を知る」「社会で働いた」という経験がなく、不安が先行する。その結果、現実策として野球に携わる仕事や現役時代からの知り合いのもとでキャリアを歩み始めることが多くなる。
社会には多くの仕事があり、アスリート人材を求める企業もたくさんある。しかし、当のアスリート本人達は社会がどんなところかを知ることがないまま、限られた選択肢の中から次のキャリアを選び、歩んでいるケースが多いのだ。
プロ野球選手は「好きなこと」以外をしてきていない?
そんな風に限られた選択肢の中から、なんとか次のステップに進んで、新たな仕事をはじめたとしよう。そこにも多くの苦労の種が転がっている。
先ほど「野球で培った精神力」という言葉を出した。もちろん強靭なメンタルは大きな武器のひとつなのだが、反面、勘違いを生みやすい。
プロ野球選手は基本的に「自分の好きなこと」――つまり野球しかしてきていない。一般的には「プロ野球選手ならメンタルも強いし、忍耐力もあるでしょう」と言われることも多いが実際に社会へ出れば、当然好きなこと、得意なことだけやっていればよいわけではない。
むしろ初めは興味もなかった業務や、聞いたこともない専門用語が飛び交う中で仕事を覚えなければいけない。時にうまくいかないことに落ち込み、今まで経験したことのない挫折を味わう人もいるだろう。そしてその現状に耐えられず、仕事を辞めてしまったり、精神的な病に陥ってしまうケースがあるのだ。
「好きなこと」ではなく「出来ること」を増やすという考え
スポーツ選手がセカンドキャリアについて考えるときも、「まずは野球以外の好きなことを見つけよう」と考えることが多い。ただ、私はその考えに若干の違和感を覚えている。これまでプロ野球界の後輩からキャリアの相談を受けたことがあるが「自分は野球以外に好きなことが見つからず、野球に携わる仕事がしたい」といった言葉をよく耳にする。
それを聞いていつも心の中で思うのが「野球しかしてきていないのだから、野球以外に好きなことがすぐに見つかる方が珍しい」ということだ。むしろ重要なのは、「何が好きか」ではなく「自分がどうなりたいか」ということだと思っている。
引退時のプロ野球選手は、確かに社会経験もなく、ビジネススキルもない。ただ、それらの経験や能力は基本的に後発的な努力で身に付けられる。プロになれるほど野球に費やしてきた熱量を、他のことに向けられれば、数多くの出来ることを増やし「なりたい自分に近づける」はずなのだ。