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耳鼻削ぎの“やさしさ” 

 たとえば、薬師寺(やくしじ)では、本来は死刑にされるはずだった女性が、いずれも唐招提寺(とうしょうだいじ)の老僧の仲介により命を助けられ、「鼻をそぎ追放」や「鼻耳成敗」に処されている。ここでも耳鼻削ぎは、たしかに本来なら処刑されるべき者に対する宥免措置としての意味で行われている。『義経記』に書かれた話自体はフィクションではあるが、そのなかでの但馬阿闍梨や義経の発言は、そうした当時の社会の通念をしっかりと踏まえて創作されていたのである。 

 ちなみに、豊臣秀吉は、朝鮮出兵において大規模な朝鮮人の鼻削ぎを行っている。この場合は人命救済措置というよりも、当時の史料にも「首代(かわり)の鼻」と書かれているように、あくまで首級(しゅきゅう)のかわり、敵を討ち取った証拠としての鼻削ぎであった。しかし、この秀吉の朝鮮半島での鼻削ぎについて語った後世の日本側の記録のなかには、「朝鮮人の命は助けて鼻を削ぐだけにとどめよ」という秀吉の温情あふれる命令によって鼻削ぎが行われた、と記すものが複数存在する(『陰徳太平記』巻第七九、『吉川家史臣略記』)。こうした命令が秀吉から発せられたことはなく、これはまったく事実に反する内容なのだが、こうした噂が流れる背景には、それだけ当時の人々に鼻削ぎというものが宥免措置、ぎりぎりの人命救済措置であるという認識が広く行き渡っていたことを示すといえるだろう。 

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 とはいえ、読者の方々のなかには、「耳や鼻を削がれるぐらいなら、殺されたほうがましだ」と思う人もいるかもしれない。耳鼻を奪われて生きるなんて、つらすぎる。それならいっそ死んだほうがいい、と。しかし、思うに、それは生死の選択の局面に立たされたことのない現代人が抱く贅沢な発想なのだろう。