ラーメンに初めて玉子を載せた店
玉子の硬さはスープと相関関係にあり、その昔は硬茹でだった玉子が、スープ濃度が上がってとろとろになり、適度な半熟へと移り変わっている。
ラーメンに初めて玉子を載せたのは、かつて荻窪にあった「漢珍亭(創業時は「丸仁」)」とされています。チャーシューの煮汁と一緒に煮込んだ「魯蛋(ルーダン)」と呼ばれる台湾由来の煮玉子です。茹でてから煮込んでいるのだから当然硬め。しっかり味の染み込んだタイプです。
煮玉子でなくとも、古くからある店、たとえば「東池袋大勝軒」のラーメンには、昔から半分に切った茹で玉子が載っていますが、これも硬茹で。脂っこい背脂ラーメンや背脂チャッチャ系ラーメンでも、やはり黄身がホクホクしたハードボイルドが合います。いずれにしてもかなり長い年月、ラーメンの玉子は硬かった(私はレンゲ上で硬い黄身を崩し、スープと混ぜて飲むことを「朧月」と呼んでいます)。
やがて半熟玉子が現れる。こちらの元祖は葛西の「ちばき屋」。半熟玉子は本来、黄身が羊羹くらいのやわらかさになるのを理想とします。一流料亭の総料理長までつとめた店主ですから、そのあたりさすがな匙加減。
一方で豚骨ラーメンが浸透、豚骨醬油・魚介豚骨などバリエーションとともにスープ濃度が上がり、それにつれ一般化したのが半熟味付玉子です。このとろとろ具合は本来の半熟とは言い難いほど(私は区別して「半生」と呼んでいます)。半熟(半生)玉子の殻を剝いて味付けした汁に浸けておけば、半熟のまま味玉になる。煮込むよりずっと手間いらずなこともあり、一気に広がりました。
その後も「味玉液状化現象」は進み、ついには玉子に注射器で出汁を注入する店も現れた。小籠包よろしく「嚙むと破裂してしまうのでひと口でお食べください」なんていうただし書きがあったほど。しかしそれも落ち着き、2010年頃からまた適正な半熟具合に変化していきました。これは鶏清湯と呼ばれる、澄んだスープの復権が関わっています。特に厳選食材による無化調スープの場合、黄身が流れ出てしまうと、せっかくの繊細な味わいが崩れます。適度な硬さだからこそ邪魔をしないのです。
まとめると「中華そば=硬茹で煮玉子→魚介豚骨=半生味付玉子→鶏清湯=半熟味付玉子」となります。玉子の状態一つとっても、スープの味や濃度と密接に関わっているのです。また卵は長きにわたり、値段の変わらない価格の優等生。ビジュアル的にも、色の濃いラーメンの上で「白」はチャームポイントになる。ナルトが担っていたその役割を、現在は味玉が代替しているのです。