非常に良いものを選んだという感じがします
皇太子の回答というよりは、魚類学者の回答のようで、さすがに専門的すぎて、記者も問いを変えて、「ハゼの分類はよくわかりましたが、研究テーマとしてとくにハゼを選んだ理由は」と、聞き直し、以下のやりとりとなった。
皇太子 葉山にハゼは何種類かいるのですが、磯で簡単にとれるようです。ただ、いま考えてみますと、非常に良いものを選んだという感じがします。それは、今まで日本の魚類を網羅したものは松原喜与松博士の「魚類の形態図検索」というのが1955年に出て、その時にはハゼは146種ぐらいだったが、今度の魚類図鑑では291種ですから、ちょうど倍になっている。30年の間に倍に増えているということは、それまで研究が行われていなかったわけで、研究する分野が広かったのです。
記者 ハゼの研究をはじめた時期はいつ頃だったのでしょうか。
皇太子 私が初めて(論文を)書いたのは1963年でした。
問い直されても、終始、学者の回答のようであったが、自分の好きな話題のせいか饒舌だった。
侍従長・渡邉允の回想
平成の天皇(皇太子明仁)のハゼ研究については、平成の天皇の侍従長をつとめた渡邉允の回想もある。渡邉は『文藝春秋』2007年8月号に、明仁の研究室について、こう書いた。
現在、陛下が使っておられる研究室は、お住まいのある御所の一階にある。四〇平方米足らずの極く普通の研究室で、真ん中のテーブルには、普段使っておられる顕微鏡が二台と、その時々に必要な標本などが置かれている。顕微鏡の一台は、古希のお祝いに、当時の小泉[純一郎]内閣の閣僚がポケット・マネーを集めてお贈りしたものである。窓際では、気泡の立ち上る水槽にハゼが泳いでおり、壁の本棚には、魚類に関する専門書などが並んでいる。御所では、研究室の他にも、奥の食堂などに水槽が置かれ、ハゼが泳いでいるが、時折、昼休みなどに、水の入った小さなバケツを提げて、何やら、その間を行ったり来たりされている陛下をお見受けする。水の加減などをなさりながら、ハゼを孵化させたり、育てたり、泳ぐ姿を観察したりされているようである。
ハゼは淡水、海水、汽水に棲むが、かつて淡水魚や海水魚の飼育に挑んでいた少年明仁の面影が見える。
渡邉によれば、明仁は、昭和天皇の生物学研究所も利用している。